2人ならきっと大丈夫だから

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「おいおい、里村。会社でエロ本読むなよ」 たまたま私たちのいるテーブルのそばを通りがかった男性が大きな声を上げた。この声が必要以上に大きい営業マンは里村さんの同期で、昼休みによく里村さんに絡みにきていた。名前は……なんだっけ、忘れた。私は仕事でこの人と絡みがないし、そもそも興味がないので名前を覚える気にすらならなかった。 里村さんは「ファッション誌ですけど?」と言い返したが、トワの表紙だけ見たら到底ファッション誌には見えなかった。そこにペットボトルの飲み物を手に持った水多さんがやってきた。水多さんは「先輩、女子の前でエロ本とか言わないでください」と苦笑いをこぼした。 「あ、トワの雑誌、もう買ったんですね。どうでした?」 水多さんの問い掛けに里村さんは「家宝にします」と即答した。その答えに水多さんは「相当よかったんですね」と笑っていた。 「あ、もしかしてこいつ、水多が好きなリリックなんとかってバンドのやつ?」 「Lyric Logicですよ、先輩。流行りのものくらいは憶えてくださいよ」 「だって俺、音楽聴かないし〜」 リリロジに興味がないと言う営業は「ちょっと見せてよ」と雑誌に手を伸ばす。その手は里村さんによって叩き落とされ、ものすごい形相の里村さんが「触るな!汚れるでしょ!」と声を尖らせた。 そんなやり取りを眺める私の手元でスマートフォンが震えた。画面には歩の名前が浮かぶ。私は反射的にスマートフォンを手に取り、すぐにメッセージを確認した。 「もしかして、彼氏から?」 そう尋ねてきたのは水多さんだった。驚いた私は「えっと」と言葉を詰まらせる。 「ごめん、意地の悪い質問しちゃったね。浅桐さん、すごく嬉しそうにメール見てたから」 「あ……はい、彼氏です」 たぶん私は無意識にニヤけていたのだろう。それを見られてしまった以上、理由を誤魔化すなんてできなかった。その会話は里村さんにも聞こえたらしく、彼女は水多さんに「水多さん、とわちんの彼氏を知ってるんですか?」と尋ねた。 「彼氏がいるっていうのだけですよ。メールが来ただけですごく嬉しそうだったから、ちょっと茶化したくなって」 「そうなんですね。とわちんの彼氏、高校の同級生なんですよ。今度、平日に休みを取って2人で旅行に行くんですって」 「なるほど、再会愛ってやつですか。いいですね、ドラマチックで」 里村さんと水多さんの視線が私に向けられる。お喋り過ぎる里村さんにはあとで文句を言うとして……まだ歩と付き合い始めて1ヶ月ほどの私は彼氏を話題にされるのに慣れておらず、恥ずかしくて堪らなかった。 1ヶ月……その数字を聞いた私はある事に気付き、慌ててスマートフォンのロック画面で日付を確認する。11月12日。そうだ、今日は……私と歩が付き合い始めてちょうど1ヶ月の日だ。 私はスマートフォンを操作し、ついさっき届いた歩からのメッセージを確認した。 【仕事がリスケになったから、今夜会おう。泊まりにおいで】 しばらく会えないと覚悟していた私には嬉し過ぎるサプライズだった。私は【行く!!】と返事を送る。それ以上の言葉は、溢れてくる嬉しさを抑えるのに必死すぎて出てこなかった。
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