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ケーキを食べた後、お風呂が沸くまでの間に2人でお皿を洗った。片付けが終わると歩はキスをねだってきた。ケーキの後のキスはひらすら甘くて、お互いアルコールが入っていたせいなのか、いつも以上に大胆で濃厚なキスになった。
調子に乗った歩に「一緒にお風呂入る?」と問われたが、私は「それは無理!」と即答した。お風呂はまだ無理だ。それは雑誌で見たあの身体を目の前で晒されるという事で。そんなの、私の心臓がもたない。
「じゃあ透和が先に入っていいよ。俺は仕事してるから、終わったら呼びに来て」
私が無理だ嫌だと言えば歩はしつこくしてこなかった。内心は残念だと思っているはずなのに、彼はそれを顔には出さない。思い通りにならないからって脅す事もしない。そんな歩が私にはすごく優しい人に見えた。
「歩って優しいよね」
私がそう口にすると、歩は「なんだよ」と小さく笑った。
「こんなの普通だろ。俺は誰よりも透和に優しくしたいと思ってるし」
「なんか、優しくされるのも、甘やかされるのも、慣れないや。すごく嬉しいんだけど」
「久藤は透和に優しくなかったの?」
不意打ちで出た名前に、私は強ばる。何でこのタイミングでその名前を出すんだろう。もしかしたら、ただの興味本位なのかもしれない。歩は自分の幼馴染と私がどんな付き合い方をしていたのか、知りたかっただけかもしれない。でも私はあの男の名前を聞くのも口にするのも嫌で、「その名前は出さないで」ときつく言い返してしまった。
「ごめん……俺が無神経だったね。お風呂どうぞ。着替えはあとで持って行くから」
歩は「ほんとに、ごめんね」と私の頭を撫でた後、リビングを出て行った。いつかはちゃんと歩に全てを話したい。その気持ちはある。私と久藤くんがどんな付き合い方をしていたのか、久藤くんのせいでどれだけ傷つけられ、歪んでしまったのか、知って欲しかった。
私はリビングのソファーに近付き、トートバッグを開けた。歩はスケジュールも不規則なので、急にデートや泊まりに誘われる可能性がある。それに備えて私はいつからかメイク道具や替えの下着を持ち歩く様になった。
歩の家に私が着れる服はあるけど、さすがに細かいサイズ指定がある女性ものの下着はない。一度、歩に「サイズを教えてくれたら用意するよ」と言われたけど、私は「絶対に教えない」と突っぱねた。
下着の入ったポーチを手にバスルームに向かうと、同じタイミングで寝室から歩が出てくるところだった。彼が「使って」と私にいつも貸してくれるパーカーを差し出す。服は買ってくれるのに、パジャマは買ってくれないんだ……と不思議に思いつつ、私は歩からパーカーを受け取った。
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