待つのは 得意じゃないから

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「ねぇ見て!トワだよ!かっこいー!」 CDショップ内に響き渡る甲高い女性の声、それに驚いた私は顔を上げる。振り返ると、ショップの中央に置かれた特設コーナーの前で制服姿の女の子がスマートフォンを掲げていた。 女の子の視線の先には男性が映るポスター。 そこにはギターをかき鳴らしながら楽しそうに歌う誰かが写っていた。 女の子は「やばい、やばい、かっこよすぎる」と興奮しながらそのポスターを何枚も写真に収め続ける。そんな彼女の隣で、男の子が顔を顰めていた。 2人の制服はよく似たデザインなので、おそらく同じ学校に通うカップルなのだろう。自分以外の男に夢中になる彼女に彼氏が嫉妬している、そんな感じだ。 写真を撮るのに夢中な女の子に我慢できなくなったのか、男の子が「なぁ、こいつ誰なの?」と問い掛ける。手を止めた女の子は目を丸くした。 「え、待って。を知らないの?それ本気で言ってる?」 「知らねぇよ。だって俺、ロックは聞かねぇし」 「あり得ない……を知らないとか人生損してるよ?!明日アルバム持って行くから!騙されたと思って1回聞いて!絶対ハマるから!」 そこから女の子はとあるロックバンドについて熱く語り始めた。 なかなかのプレゼン力だと思ったが、彼女の熱量は男の子には伝わらなかったらしい。男の子は女の子のプレゼンを遮り、「帰るわ」とCDショップを出て行った。女の子はとエスカレーターに向かう男の子を「待ってよ!」と追い掛けて行った。 アーティストの魅力というのは、どれだけ熱く語っても10分の1も伝わらない。それが普通だ。 結局は百聞は一見にしかずというやつで、あれこれ解説するよりアルバム1枚、DVD1本を貸して実際に触れてもらう方が遥かに話が早かったりする。 あの冷めた彼も彼女からアルバムを借りて1曲目を聞いたら考えが変わるはずだ。 そのくらいリリロジには無限の魅力が詰まっている—— 私は一人のリリロジファンとしてそう言い切れる自信があった。 「透和(とわ)、お待たせ〜」 やっと私の待ち人である立花(たちばな)莉子(りこ)がレジから戻って来た。購入品が入ったビニール袋を抱える莉子は「レジが混んでてさ〜」と会計に時間が掛かった理由を教えてくれた。 今日は火曜日だ。水曜日に発売されるCDやDVDを一足早く手に入れられるフラゲの日である。今週は人気のあるアーティストのアルバムやアイドルグループのシングル作品の発売が重なったため、いつも以上にCDショップは混み合っていた。
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