待つのは 得意じゃないから

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私と莉子は同じ文房具メーカーで働く同期だ。入社時から同じ営業所に勤務しており、私は広報部、莉子は総務部で仕事をしていた。 私たちがプライベートでも付き合いがあるほど仲良くなったのは、2人ともLyric Logic(リリックロジック)というロックバンドの大ファンというのがきっかけだった。 Lyric Logic—— 彼らはいま一番売れているロックバンドと言っても過言ではないだろう。 20代半ばの男性4人で構成されたそのバンドは「リリロジ」の愛称で若者を中心に人気を博していた。 メンバーはギターボーカルのトワ、ベースのヒデ、ドラムのヤマト、キーボードのハルユキ。 その中で1番人気があるのが作詞作曲までマルチに手掛けるトワだった。 トワの人気が高い理由はいくつかある。 まずはルックスの良さ。目鼻立ちがはっきりとした顔は文句のつけようがないほどに整っており、さらに背も高くスタイルは完璧だ。 そしてハイトーンの髪がよく似合う。今の色はミルクティーベージュだっけ。彼が髪色を変える度にそれを真似するファンも多いそうだ。 私もトワはかっこいいと思っているが、それ以上に魅力的に感じるのはトワの歌声だった。甘くて透明感のある彼の声は本当に耳心地がいい。そしてトワの書く爽やかな歌詞にも合っていた。 ちなみにリリロジの楽曲は全てトワが作詞をしている。彼の歌詞は片想いを描いたものが多く、哀愁や健気さをストレートに表すリアルな歌詞に私も何度も共感し、時には泣かされる事もあった。 CDショップのあるビルを出ると、駅に続く地下街は平日だというのに人で溢れていた。 就職を機に東京に出てきて早数年。瀬戸内海を臨む小さな町で生まれ育った私は、都会の人の多さにまだ慣れていなかった。 「あ、リリロジだ」 隣にいたカップルが声を上げ、足を止める。その声に導かれるように私は視線を持ち上げた。 地下街の壁一面を覆う横幅数メートルの巨大ポスターにはLyric Logicのメンバー4人の顔写真が並んでいた。明日リリースされるアルバムのライブDVDの宣伝ポスターのようだ。 多くの人がポスターの前で足を止め、スマートフォンのカメラを向ける。莉子も「ハルユキだ!」と嬉しそうにスマートフォンを構えた。 莉子はキーボードのハルユキのファンだ。ブルージュのマッシュヘアと左目尻の泣きぼくろが特徴的で、ミステリアスな雰囲気を醸すハルユキはLyric Logicをまとめる冷静なリーダーだった。 「やばいね、今回もハルユキのビジュアル、神がかってる!ねぇ透和(とわ)、見てよ。この肌の透明感やばくない?」 莉子は撮り終えた写真を私に見せながら興奮気味にハルユキの魅力を語る。その勢いに圧倒された私は思わず笑ってしまった。 「莉子。それ彼氏の前で言っちゃダメだよ」 「言わないよ。だから透和の前で語ってるの。あ、透和は写真いらないの?」 スマートフォンを出そうとしない私を見て莉子は首を傾げた。私は「いらない」と首を横に振る。莉子に「トワもかっこいいよ?」と食い下がられたが、それでも私はスマートフォンをトートバッグから出そうとはしなかった。
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