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私も莉子に負けないくらいLyric Logicが大好きだ。ファンクラブ会員だし、作品も全て持っているし、ライブだってほぼ毎回参戦している。
そんな熱心なファンの振る舞いをする一方で、私は心のどこかに焦りのような感情を抱き続けていた。
大型ポスターの端に印字された「東京ドーム公演決定!」の文字。メジャーデビュー3年目での大舞台はロックバンドとしては異例のスピードで、Lyric Logicの人気の高さを世間に見せつけた。
あまり人には語らないが、私はLyric Logicのトワの古いファンだった。
私が彼のファンになったのは……16歳の夏。
海が見える軽音部の部室で、トワと名乗り出すずっと前の彼——
真嶋歩の歌を初めて聴いた日からだった。
東京から遠く離れた海辺の町で、高校生の歩は「将来はプロになって、東京ドームでライブをする」という夢をよく語っていた。
私は彼の壮大すぎるその夢を、絶対に無理だよと笑って聞き流していた。
私たちが生まれ育った町は、世界の隅っこみたいな場所だった。その町でギター片手に歌う男の子が、数年後に東京ドームのステージに立つ姿を想像するなんてできなかった。
この春で私たちが高校を卒業して6年が過ぎた。部室で将来を語り合った私と歩は別々の道に進み、彼は本当に夢を叶えてプロのミュージシャンになった。
そして今年の冬には東京ドームでライブをするという夢まで叶えようとしていた。
一方の私は同じ東京という街で、しがないOLになった。広報部の下っ端として雑用や小さな企画をこなす毎日だ。リリロジを応援するしか楽しみがない、変化の少ない日常を淡々と生きていた。
昔は歩と同じ目の高さで喋れたのに……私が同じ場所でもがき続ける間に、彼は確実に夢を叶え遠くへ行ってしまったのだ。
「トワってさ、私の初恋なんだよね」
Lyric Logicのポスターを眺めながら私がそう呟くと、莉子は「その話、何回も聞いたよ」と笑った。
確かに私は莉子に初恋の相手がトワだという話を何度も聞かせた。でも莉子がこの話を真面目に聞いてくれた事はまだ一度もなかった。
「芸能人が初恋ってかわいい。普通は同級生とか、もっと身近な人じゃない?しかもリリロジが出てきたのって、うちらが大学生の時でしょ。透和の初恋って遅かったんだね」
そうじゃないんだけどな、そう言えるのは心の内だけだ。莉子とはもう2年以上の付き合いになるが、リリロジのトワと同じ高校の同級生で友達だった話は未だに打ち明けていなかった。
それは決して莉子を信用していないからじゃない。私の中で同級生の真嶋歩と、リリロジのトワが同一人物である事に自信が持てなくなったせいだ。
記憶と現実世界は日が経つにつれてどんどん乖離する。リリロジのトワが有名になればなるほど、私の好きだった真嶋歩はもうこの世界にいないんじゃないかと不安に思う気持ちが大きくなっていた。
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