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ガタン、ゴトン・・・・・。
電車の音が聞こえる。
私は田舎へと帰る電車に乗っていた。
「パパ~、おうちに帰ったら、このおもちゃで遊んでね。」
「いいぞ~、家に帰ってから遊ぼうな。」
私の目の前に座っている幼い少女は、優しそうな父親に頭をなでられて、満足げに微笑んでいる。
「パパ大好き!!彩ね~、大きくなったらパパと結婚する!」
少女は父親に純粋な笑顔を向けて言った。
そんな少女の笑顔を見ていると、ふと、昔の記憶が蘇ってくる。
「どうして!?どうして、東京に行っちゃいけないの?」
「お前みたいな田舎者が東京に行ったって、漫画家になんかなれる訳ないだろう!」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
「だったら勝手にしろ!」
「分かったわよ、勝手にするわよ!!」
18歳の春。
私はプロの漫画家になることを夢見て、親の反対を押し切り上京した。
田舎の生活に縛られるのが嫌で、どうしても自分の夢を叶えたくて。
父は私が東京に行くことに猛反対した。
私の家は代々豆腐屋を営んでいて、父も母も朝から晩まで休みなく働いていた。
幼い頃からどこにも遊びに連れて行ってもらえず、毎日家業の手伝いをさせられていた。
他のクラスメイトは夏休み、色んなところへ遊びに連れて行ってもらえるのに、私は毎日家の手伝いばかり。
そんな生活がずっと嫌だった。
だから、大人になったら早く家を出て自分のやりたいことをやりたかった。
上京したばかりの頃は何もかもが新鮮に見えた。
若者で賑わう渋谷のセンター街も、ネオンの光輝く夜の街も。
全てが美しくて、毎日が自由で。
どんな夢でも叶うと。
私は何にでもなれると確信して疑わなかった。
上京して3年経った頃、なかなか漫画家としての芽が出ず悩んでいた。
田舎では上手いと思っていた自分の絵も、都会に出てみれば陳腐なものに思えた。
生活費も底をつき、夜のアルバイトもした。
そこで知り合った男性と付き合い、騙されて数百万の借金を背負わされた。
電気も止められ、水道も止められ、毎日死にもの狂いで働いて何とか借金を返済した。
上京したての頃の漫画家になりたいという夢は、とうの昔に消えていた。
ただ、日々生きるのに必死で。
当初は輝いて見えた東京の景色も、もはや霞んで見えた。
そして、気が付けば30歳になっていた。
そんな私に対して、母は受話器越しに優しい声で言った。
「もう、こっちに帰ってきたら・・?」
その言葉を聞いた途端、涙が溢れた。
そして、30歳の春、私は田舎に帰ることを決めた。
父の言ったように、見事に挫折して田舎に帰って来たのだ。
久しぶりに帰る地元は、昔と何ら変わりはなかった。
田んぼ道が続き、地元のバスも一日に2本しか来ない。
家の前まで着くと、母が優しく出迎えてくれた。
久しぶりに見る母は、とても小さく思えた。
(随分歳をとったんだな。)
「おかえり。」
「ただいま。」
私は自身が情けなくて、ものすごく小さい声で言った。
「お父さんは?」
「居間でテレビ見てるわよ。」
「そう・・。お父さん、怒ってるよね。あれだけ偉そうなこと言って家を出てった癖に結局この有様だもんね。」
私は父に合わせる顔がなかった。
そんな私を見て、母は優しく言った。
「そんなことないわよ。父さん、あんたが上京してからもずっと心配してたんだから。」
私はそれを聞いて苦笑いした。
居間に行くと、父が背中をこちらに向けてテレビを見ていた。
久しぶりに見る父の背中はとても小さく思えた。
もう、還暦を過ぎているのだから当たり前だ。
何と声をかけたらいいのか分からず、しばらく黙ったまま立ちすくんでいた。
そんな私に、父が背中を向けたまま言った。
「帰ったのか?」
「・・うん・・。」
私は蚊の鳴くような声で返事をした。
「疲れただろうから、今日はもう休め。」
「・・うん・・。」
父はそれ以上何も言わなかった。
背を向けたまま、変わらずテレビを見ている。
そんな父の背中を見ていると、涙が溢れた。
「・・お父さん、ごめんね・・。」
私は泣きながら言った。
「・・やっぱり、お父さんの言う通りだったよ。こんな悪い娘で本当にごめん・・。」
そんな私に、やはり父は何も言わなかった。
東京から帰る際、電話で母が私に言った。
「今まであんたに余計な心配かけたくなくて言わなかったんだけどね、お父さんこの前の検診で引っ掛かっちゃって・・。再検査したら、肺に悪性の腫瘍が見つかってね。思った以上に進行してて、もしかしたら、もうあまり長くないかもしれないって・・。」
最後の方は涙声だった。
私は受話器を握りしめて泣いた。
幼稚園の頃、誕生日の祝いに父からくまのぬいぐるみを貰った。
私はすごく嬉しかった。
ほとんど遊びに連れて行ってくれない父が、ちゃんと私の誕生日を覚えてくれていたことが。
前から欲しいと言って、ねだっていたくまのぬいぐるみをプレゼントしてくれたことが。
「お父さん、ありがとう!大好き!!私大きくなったらお父さんと結婚する!!」
そう笑顔で言った私の頭を、父は照れたような顔をしながら、優しく撫でてくれた。
私はそんな父が大好きだった。
私は涙を拭い、父の背中に向かって言った。
「お父さん、私、明日から豆腐の仕込み手伝いたい。」
「朝早いぞ、起きれるのか?」
「・・うん、頑張って起きる。頑張って仕込みの仕方覚えるから・・。」
「・・そうか・・。」
そう言った父の背中はやはり小さくて、儚げで・・。
それでも、少しだけ嬉しそうに見えた。
おわり
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