二章 暴くことの怖さ

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二章 暴くことの怖さ

    暴くことの怖さ    *  探偵として、恥ずかしい。  リアナが言うには、パイプオルガン裏にいた作業員の人数は、ヴィルフレドが来る前と後とで違っていたというのだ。そんなことにすら気付けていなかっただなんて、探偵失格レベルだ。 「おそらく、作業員の格好で階段の裏にでも隠れていたんだろう。トリックでもなんでもなく、ただそれだけだ」  そう、ただそれだけで、あの場からいとも簡単に姿を消してしまったのだ。少し遺体に気を取られていた隙に、だ。  パイプオルガン裏に続く扉は特に施錠はされていない。しかもあの時間は多くの作業員が大広間に出入りしていたこともあり、被疑者を絞り切れないのが悔しいところだ。ここでいう被疑者とは、とりあえず今の段階では「死体遺棄」の、としか言えないが。 「でも、他にも疑問は残ってるわ。どうやって遺体を運んだのか?そもそもどこでどうやって亡くなったのか?そして、何故パイプオルガンに引っかける必要があったのか」  そう、リアナの言う通り現在判っている事実は、エミリオがパイプオルガンを弾いている最中に、作業着を着た何者かがマソリーノの死体をパイプに引っかけ、そのまま誰にも悟られることなく裏から脱出したということだけなのだ。 「…ひとまず、入り口の監視カメラを確認するしかないな」  屋敷お抱えの医者が検死をしたところ、唇にチアノーゼが見られたことから死因はおそらく窒息死。ノアが見た限りでは衣服に乱れはなく、首に策条痕も無かった。紐のようなもので絞殺されたり、首を吊ったり、ということではなさそうだった。鼻口腔に泡を吹いた様子も無いから溺死でもなさそう、となると、鼻口や気管を何かしらで塞がれての窒息死ということになるが。ただ、これも司法解剖が出来ない状況では確かなことが言えない。  今、遺体は病院の霊安室で安置されている。先程、シルヴィアがサンタ・クローチェ聖堂の神父に連絡をしていたようで、わざわざ神父を病院に呼び寄せて儀式を済ませるのだとか。ヴィルフレドの指示により、納棺式と通夜式は明後日、ミサはその翌日となった。もちろん、「明日の祝典がまず最優先」という当主長男の意向で、マソリーノが亡くなったことについては関係者外には箝口令が敷かれた。明後日が世間に向けての発表になる。その発表を『病死』で行うか『事故』で行うか、はたまた『事件』で行うのかは…ノアにかかっているということだ。 「…重いな」  思わず漏れた。  リアナが訝し気な視線を送ってくる。  別に人が亡くなるような事件を扱ったのが初めてなわけではない。ぶっちゃけて言うと殺人事件だっていくつも解決してきたし、経験豊富だと自負はしている。解決に導く力もあるし、それを補う能力だってある。  ただ、だからと言って死に慣れているわけではない。  人が亡くなるたびに、やりきれない想いが湧く。当たり前のことだが、犯人を暴いたって、死者や残された者の悲しみが消えるわけではない。特に、ノアにはその気持ちが痛いくらいに解ってしまうから尚更、やりきれない。  部屋の中に、妙な静けさが襲う。 「…よし、監視カメラ見にいきましょ。どこでモニタリングできるの?」  リアナが気だるげに組んでいた脚をほどく。心なしか明るく振舞ってくれている、と感じるのは勝手な願望のせいかもしれない。  まだ知り合って間もないが、「オリアナ」という人物の人となりは解ってきたような気がする。ノアは、リアナが作ったこの空気感を壊さぬよう努めて明るい声を出した。 「メイドの部屋の隣だ。シルヴィアさんかオルガさんに聞いてみよう」  内線番号382でメイド部屋に繋ぐ。しかしコールは鳴れど誰も出ない。時刻は14時、仕事をしている時間だから当たり前か。先程繋がったのは昼休憩だったからなのだろう。 「仕方ない、とりあえず大広間かどこかに行けば居るだろ」  メイドの部屋とモニタリング室は、こことは違い居住スペースの中だ。いくら招かれた探偵であっても、そこを自由に出入りすることは認められていなかった。  椅子にかけていたベストを羽織り、リアナの言うところの「まともな格好」になる。ジャケットは…今は勘弁してもらおう。 「…あれ、行かないのか?」  首元のボタンを留めながらドアを開けたところで、リアナが部屋の奥から動いていないことに気付いた。何か思案顔だ。 「う~ん、大広間に行くなら、もしかしたら別行動の方がいいかもしれない」  顎に手を当てそう言う。 「ふうん、なんで?」 「さっき何人かと接触してみたけど、あたしがノアに協力することに疑問持ってたり、不審がってたりする人物が何人かいるのよね」 「なるほど…たとえば?」 「まずはヴィルフレド」 「あぁ、まぁそうだね」  オルガン裏でのやり取りを思い出し、ノアは納得する。 「あとは調律師のハーバート」 「あー、何か言われた?」  込み合った話になりそうだ、ノアはそう思い、また首元を緩めながらドアを閉めた。それを合図にリアナも腰を下ろし、すらりとした脚を再び組み直す。  ハーバートは表面的には人当りは良いが、言葉の端々や視線でノアを疎ましがっているのだろうということには気付いていた。そういえば初対面で握手を求めた時も、さりげなく拒否をされたのだった。思い出し、ノアは眉根を寄せる。 「花屋としての分を弁えるように、っていうのと、危ないことはしないように、って」 「ふぅん…なんか牽制に聞こえるな」 「うん、わざわざ『お花屋さんなんだから』って言い方してきたし」 「…何を考えてるんだろうな…探られたくない何かがある、とか?」  初めは、探偵という存在を煙たがっているのかと思っていたが、そうではなさそうだ。何か知られたくないようなことがあるのかもしれない。 「あと、次女のサブリナも――――いや、やっぱ今のナシ」  思いついたようにそう言って、リアナはすぐさま言葉を濁した。思わず怪訝な顔になる。 「何だよ、気付いたことあるなら言って」 「いや、確証もないし、これはもう少し調べてからにするわ」  サブリナについて、何かを「見た」のだろうか。その後も聞き出そうとしてみたが、リアナは頑なに答えようとはしなかった。 「とにかく、そういう色々な思惑もありそうだし、なるべくふたりで行動しない方が良いと思うの」  リアナの意見ももっともだとノアは頷く。変に「探偵の助手」という名を冠するよりは、ただの花屋としての方が動きやすいかもしれない。  となると既に助手の存在を知っているシルヴィアとオルガには、公言しないよう言い含めておく必要がありそうだ。誰に報告したかも合わせて確認しておくべきだろう、ヴィルフレドでなければ良いが。  ただ、救いなのは「花屋=助手」だということは誰にも言っていないということ。 「じゃあ、俺がシルヴィアに、助手の部屋は必要なくなったと伝えるから、リアナはなんとか理由をつけてその部屋に泊まれるように交渉を…」  リアナの表情が呆れたものに変わる。解ってる、それが難しいことくらい。彼女はただの花屋で、今日の設営が終われば次は祝典後の片づけで仕事は終了なのだ、今夜泊まる理由はない。  しかし、ノアがなんとか理由をつけられないか思案を始めたところで、思わぬ言葉がリアナから飛び出した。 「…わかったわ、それはあたしでなんとかする」 「…」 「…何、その間抜けな顔」  言うに事欠いて間抜けって。 「いや、どんな理由つけるつもり?」 「花屋は全員帰るだろうから、何かあった時に修復とか対応しますよって、売り込んでみるわ。花はなまものだから、専門家が一人いるだけで状態はかなり変わるもの」  さらりと事も無げに言ったリアナに、ノアは感嘆を漏らした。なるほど、さすがイタリアの華やかな街で、一人花屋を切り盛りするだけはある。  …まぁ、この度胸はそれだけが背景ではないだろうが、とノアは小さく思う。 「オーケー、なら任せた」  これで目下の捜査による足枷は無くなりそうだ。  それからノアとリアナは打ち合わせをし、とりあえず夜まで別行動で調査することになった。リアナは引き続き「能力」で調査、ノアは監視カメラチェックと聞き込みだ。映像チェックを任せてくれたということは、それなりにノアを信頼してくれたということなのだろうか。  多くの作業員が出入りしていることもあり、あの時屋敷に居た・居なかったを確認しながらの作業になりそうだ。警察が来ていた方がやはり捜査はしやすかっただろうなと、ノアは脳内で小さく世迷い事を吐いた。
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