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幕間 恥ずかしがりや
恥ずかしがりや
*
フルートの練習をしていると、二重扉の内側でノックが聞こえた。めずらしい、練習中にこの練習室を訪ねてくる人はあまりいないというのに。
「どうぞ」
練習を中断して促すと、一人の女性がおずおずと入ってきた。
「練習中にすみません、花屋のリアナと申します。練習室にもいくつか花を、と承りましたので参りました。少し作業してもよろしいでしょうか…?」
ますます珍しい。練習室に花をだなんて。
「誰がそんなことを?」
聞いてみると、
「マリア様です」
なんと母親だった。確かに、美と調和を重んじる母なら練習室に花を飾るということも考えそうなことだ。父なら絶対に思いつかないだろうけど。
サブリナは納得し、花屋を部屋に招き入れた。
「どうぞ、お入りになって」
花屋は右手に花の入ったバケツを持っていた。左手には大きめの花瓶か。バケツの中はピンク系統の花が何種類か見て取れる。
「素敵なお花ね。ピンクはとても好き」
「あ、お気に召した様なら…良かったです…」
リアナと名乗った花屋は、とても小さな声でそう言った。シャイな女性なのだろうか。
見た感じはサブリナと同じ年頃のようだ。腕まくりをしたカッターシャツの裾からは白い腕が伸びる。全体的に華奢だが、腕は引き締まった筋肉が見える。花屋というのは存外力仕事なのだなあとぼんやりサブリナは思う。
ささっと手際よく花を花瓶に生けると、ドア近くの棚に飾った。そして余った2、3本の花の茎を短く裁断している。なんとなく目が離せなくて、サブリナはその様子をじっと見つめた。その短い花を白いフィルムで包み、取り出した赤いリボンで束ねると、花屋はサブリナへ近づいてくる。
「あの、簡単ですけど…」
そう囁いて、サブリナが来ているジャケットの胸元に、そのささやかな花束を差した。そして美しく見えるようにか、花の向きを調整する。
「花を、褒めてくださったので…」
近くで見ると整った顔をしている。恥ずかしそうに頬を染めているのも可愛らしい女性だった。
「まあ、素敵…!ありがとうリアナさん」
その手を取り目を見てお礼を言うと、彼女は嬉しそうに控えめに微笑んだ。
「いえ…。では、練習中お邪魔してすみませんでした、失礼いたします」
そしてそそくさと、バケツを抱えて部屋を出ていった。
恥ずかしがりやだが、花を大切に思っているのが良く解る、とても素敵な花屋だった。いつかステージに立つ時のコサージュを是非彼女にお願いしたいな、と、胸元に差されたピンクの小さなブーケを見てサブリナは思った。
「大変、お店の名前を聞くのを忘れてしまったわ」
まぁ、メイド長のシルヴィアにでも聞けば、委託した花屋はわかるだろう。祝典が終わったらメイド長に訊ねようと決めて、サブリナはまたフルートに唇を当てた。
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