第一話 『恋人』

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 最寄り駅まで徒歩十分。駅から電車で三駅。更に十五分程歩いて、やっと高校が見える。  そんなやり取りをしている間に駅に着く。改札を抜けると、丁度いいタイミングで電車に乗り込めた。よく空調の効いた電車内は、かいた汗を直ぐに乾かしてしまって少し冷える。  電車内は都会の電車のように混んではいないけど、通学通勤で利用する人は少なからず居て、パッと見、二人並んで座れる席が見付からなかった。そのまま、ドアの傍で並んで立った。見回した電車内では、大体いつもと変わらない顔が見える。  話したことも無いのに、すっかり「見知った顔」になったOLや、違う高校の生徒達がチラチラとこちらを見ているのには、勿論、いつも気が付いている。  いつもの三車両目。きっと、“いつもこの車両に乗るから”乗っている人と、“朔也の顔を拝む為に”乗っている人がいるんだろうなぁなんて、苦笑いしてしまう。  彼女として、誇らしいような、気まずいような。  時折、サラリーマンなんかもこちらを窺っていて、(流石は朔也。男性にも魅惑的に映るんだなぁ)なんて、それには少し感心する。  おはようございます、と何人かの同じ高校の子に声をかけられた。同じ高校と言うことと、毎朝会うと言うこと以外、接点がない女の子達。私が「おはよう」と返せば、嬉しそうに笑って会釈し、その場を離れる。きゃあきゃあと弾む話し声から、朝から朔也の顔を拝めて嬉しかったのかなぁなんて考えてしまって、やっぱり、苦笑してしまう。  電車を降りて、他愛もない話をしながら高校に向かって歩く。すっかり同じ制服の学生達だけになった人の流れは、まるでこの先の道に吸い込まれていくようだな、なんて思う。  正門を潜り、ソテツがシンボルのように植えられているアプローチを抜けてロビーへ着くと、それまでの会話を切って、真剣な顔をした朔也がこちらを向く。 「今日、部活休みなんですけど、待ってていいですか?」 「え?そうなんだ?待たすと悪いから、先に帰りなよ」 「図書室で待ってますね。じゃあ、また放課後に」  私のことを大好きだな、なんて。疑う余地もない程に私に従順な彼は、しかし時々、私の返答を聞いていない。  やれやれ、と溜息をついて、ロビーで別れる。  放課後に、と小さく片手をあげる彼はいつも、まるで捨てられた仔犬のような顔をする。……そんなに不安そうな顔をしなくても、捨てたりなんてしないのに。  ロビーを右に曲がって直ぐの中央階段を三階まで登って、左に真っ直ぐ。手前から数えて三番目の部屋が、私のクラス。二年五組。   「おはよ」 「おはよ、咲桜。今日も可愛いね」 「ふふ。ありがと。渚こそ、今日も美人だね」 「ありがとう」  窓側の一番後ろの席が私の席。  その前の席には、幼馴染みの東条 渚(とうじょうなぎさ)が座っていた。荷物を片付け、席に座る。  私が座るなり振り返った彼は、いつ見ても美しいご尊顔で私を見て、微笑んだ。朔也とはまた違うタイプのイケメン。……「べっぴんさん」と表現した方がしっくりとくる。私の自慢の友人。日焼けなど知らない白い肌、細長い手足は、モデルと言われても納得だ。ハスキーボイスな女性です、と紹介しても、きっとみんな騙される。 「今日も彼氏と来たのか?」 「え、あ、うん…」 「仲が良くて、いいことだな」 「……そう言う渚こそ、勇志(ゆうし)と来たんでしょ?」 「………勇志は私の何でもないのだが?」  言うなり、む、と口を真一文字に結ぶ。都合が悪い話題になった時の、彼の癖だ。  幼馴染みのもう一人、森本 勇志。二年一組でクラスは違うが、彼もまた、保育所からの付き合いになる。三人でよく、近所の公園へ駆け出してはーーーー…あれ? 「………」 「……どうかしたか?」 「あ、いや…。えっと、…」  過去を懐かしむはずだったのに、浮かべた幼少期の三人の姿に違和感を覚えた。……なんだろう。何か、違う気がする…。なんだろう…。  なんと言葉を紡いでいいのかわからなくて、曖昧に笑う。渚も首を傾げるが、深くは追及しなかった。  授業中。  時はいつものように、淡々と流れていく。  教師が黒板をチョークで叩く音は、どうしてこんなにも眠気を誘うのだろうか。因みに、私の学力は中の中で、朔也とは違って夏休み前のテストは憂鬱でしかない。彼みたいにすっかり夏休み気分になるには、やっぱりテストを全て終えた後だろうと思う。  眠気に任せて、机の上で組んだ腕の中に片方の頬を[[rb:埋>うず]]め、窓の外を眺めた。揺れる木の葉に合わせるように、さわさわと、後ろから冷房の程良い風が髪を揺らし、追い討ちをかける。 (花火大会に、二人きりで花火。プールに海に川に、旅行、かぁ…。いいなぁ………)  夢見心地に、そう思う。  やっぱり、私は今、夢の中にいるのかもしれない。だとしたら、起きたく無いなぁ……なんて。
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