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蝉の遺言は如何なるものか
晴天の今日、あいも変わらず蝉が命を叫び、地べたに八の字を描く。反射した熱で大気を歪ませるアスファルトの上はすでに虫の息の蝉には熱いだろう。
マ、まわりくどく言葉を飾ってみたがつまりなにが言いたいかと云うとそれは文字なら二文字、言葉にするなら三文字に限る。
「あっつ」
炎天下のなか思わず音を上げた。夏のアスファルトの上は足裏にダイレクトに熱攻撃をしてくるためたまったもんじゃなかった。
「ちゅんちゅん何してんだ、置いてくぞ〜」
「どぁれがちゅんちゅんだ!!」
「ちゅんなんて付くのお前しかいないだろ」
「私の名前に『ち』も『ん』もちいちゃい『ゆ』もないやい!!」
あまりの暑さに私を呼びにきた成瀬にあたってみるも全く涼しくならないし、なんなら熱が上がった気がした。
「頑張るんだ雀部。心頭滅却すればおぇぇ」
「一路くん、バス酔い大丈夫かしら」
「暑苦しいからちょっと黙っててくんなーい?」
「なんだとおぅえ!!」
約一名をのぞいて朝っぱらから元気なことで、大変よろしい。みんな暑くないんだろうか。誰か私に水をぶっかけてくれ。
汗を手の甲でぬぐって辺りを見渡せば木、木、木。体内の温まった空気を吐き出すようにため息をつく。
地元から遠く離れた地は自然に溢れかえっており、コンビニは徒歩三十分圏内であり、夜二十一時に店仕舞いだと聞いた。
なぜ、この日本の古きよき田舎の地を踏みしめているかと云えば。
すべては一つ上の先輩であり、私の所属する『映画研究倶楽部』の部長であるメル先輩のお家にお呼ばれしたことからはじまった。
―回想・四日前―
「ボクの両親、とくに母がアナタに会いたがってるので明日、家に来てください」
「ヒョワァ」
スマホから耳に直接吹き込まれた言葉は私、雀部 つづらに多大なるショックを与えた。イメージでいえば、頭に流れ星が当たるような感じ。自転車に乗ろうとしたらサドルが盗まれていた感じにも近い心境。
「ボクがアナタのお家まで迎えに行き」
「公園で待ち合わせしましょう!!」
このときは何となく、ただ何となーく先輩が雀部家に来ることがまずい気がして食い気味に待ち合わせ場所を指定してしまった。断る選択肢を自ら手放してしまったのだ。
「公園……デートっぽくていいですね」
「う、うれしそ〜〜〜」
「初顔合わせですし、服装ちゃんとしてきてくださいね。ジャージとか駄目ですよ」
「初顔合わせって言い方〜〜〜」
というか、流石に学校の先輩の家のお呼ばれにジャージでいくほどだらしない性格はしていない。もしや、彼には私がとんでもなく堕落した人間に見えているのだろうか。
―次の日―
公園、待ち合わせ場所に指定した場所で先輩を待つ。なんだか気持ちが落ち着かずそわそわしてしまう。それもこれも先輩が「初顔合わせ」だとか冗談を言うからだ。有罪。ギルティ。
「つづらさん、お待たせしました」
「えあぁ」
聞き慣れた落ち着いた声を聞いて振り返れば、風船から空気が漏れたみたいな声があがった。
「き、着物……」
着物というよりは浴衣だろうか。白地に水色で丸い模様と魚が描かれた涼しげな柄に紺色の帯。履物なんかしっかり下駄だった。手には和日傘を持っている。
素人目にも分かった。これらすべてはとても上等なものだ。
「ふ、普段から着てるんですか?」
「ん、ああ、実家にいる時は大体浴衣や着物を着てるんですよ。そういう家なので」
「いや、どういう家?」
「行けばわかりますよ」
ほら、と手を指し伸ばされたので首を傾げれば、手を繋ぎましょうの合図だったらしい。暑いので結構です、とお断りすればさして気にもしてないふうにそうですか、と言って歩きはじめた。日傘は閉じて降ろされていた。
「お家はこっから遠いですか」
「徒歩十五分ていどの所です」
「自転車のが良かったんじゃないですか」
「うち、無いんですよね、自転車」
「うっそだぁ!!」
雑談と下駄の音を聞きながらずんずん道を進む。公園付近は小さい頃より走り回っていたので勝手知ったるうちの庭、だのと思っていた節があったのだが、先輩の通る道はまったく知らない。まさに未知の道であった。
「ここにこんな道ありましたっけ」
「ありましたよ、昔っから」
「エ小川、小川流れてる、魚いる!!」
「錦鯉です。こいつも昔っからいますよ」
「……なぜこんな道中に鳥居が?」
「こういう土地なので、としか言えません」
何だろう、この人ならざるものに化かされている様な感覚は。先輩はちゃんと人だし、ただお家に招かれてるだけなのに。
先をゆく彼の背中をそおっと盗みみる。いつもと格好が違うから不思議な感じがするだけなんだろうか。うん、なんかそんな感じしてきた。
「さ、着きました。ここが家です」
「はえーーー!?」
なんか立派な門に長い塀。その奥の奥にでかいお屋敷が見える。平屋で、たぶん奥行きがすごい広いタイプの家。
そこは、どこからどう見てもお金持ちの住む家だった。
「……ちょっと、失礼していいですか?」
「ええ、どうぞ」
許可をとった私はポケットからスマホを取り出し電話をかける。コール音は四回聞いた。
『はーいおかけになった番号は〜』
「そういうのいいから」
『何なの夏休みの朝からさ〜。彼氏の家にお呼ばれされたんじゃないの?』
またこいつは恋バナ方面に舵をきる。もはや様式美のごとく否定しようとしてやめた。不毛な展開にしかならない。
「なんか先輩の家めっちゃでかいんだけど。池とかあるんだけど。エ先輩ナニモノ?」
『マ? 知らなかったの? 学校の理事長はこの街の地主である海尋の一族なの。んで、その息子さんがお前の先輩ってワケ』
ドゥーユーアンダスタン? とか言ってきたので通話をぶっちぎった。ムカつく。他人事だと思ってちくしょうめ。
「電話、終わりました?」
「アはい」
「母が首を長くして待ってますから」
「ハイ」
やばい。今更になって緊張してきた。思わず右手と右足を同時に前に出すと、先輩は無邪気に笑った。
「ふふ、ようこそ海尋家へ」
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