蝉の遺言は如何なるものか

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 ―――と。  んまあ、以上で四日前の回想は終わりだ。  夏休みにとある集落にお呼ばれときちゃ、学生の血が騒がないわけがない。  毎年の夏休みといえば盆に雀部家の祖父母実家に行くか、成瀬の家にくっついて父方の祖父母さんのもとへ行くしかてんで予定もないのだ。今まで一緒にプールやら海やらに行く友人がいなかったし。我ながら虚しい……。  さておき、お家の用事以外に外出できる機会を得たからには、是非ともご厚意にあやかりたい。話をよくよく聞けば、嶋田さんの旅館はかなり大きいらしい。地元民、もしくは近くに住む人々は知らない人はいないぐらい有名なんだとか。 『広いし部屋数はあります。だから是非おともだちをつれてきてくださいな』  嶋田さんの言った言葉だ。これにより、成瀬、一路くん、雅さんの参戦が決定された。  ちなみに『部活でお山の集落に合宿に行くんだけど来る?』と聞いたところ、三人が三人、一言一句違わず『いいともー!』と答えた。示し合わせたような受け答えだった。私はちょっとだけハブられた気分になった。 「っはぁー、絵に描いたような田舎! うちのじいちゃん家といい勝負だわ」 「こら! そんなこと言ったら失礼ウップ」 「お前はさっさと酔い止めでも飲んでろっつの」  未だバス酔いでデロデロな一路くんに、水と粉の酔い止めを渡す成瀬。なんだかんだ言っていちばん面倒みがいいのだ、こいつは。 「つづちゃん」  くいっと腕を軽く引かれ、視線を男子から移す。雅さんは腕を引いたのとは反対の手で地図を持っている。地図には付箋でバスの時刻表がメモしてあった。なんて律儀。なんて偉い。私は心のなかで拍手を送った。 「確か、ここのバス停で先輩と合流。その後に迎えの車が来るのよね」 「そうそう。たぶんもうすぐ来ると――ひんっ」  特大の奇声をあげて今までいた場所から飛び退く。首になにか冷たいものが押し当てられ、身体が戦いたように震えた。  何ごとかと思ったらメル先輩がアクエリ片手に、中途半端な格好で立っていた。なにやら冷たいもの正体は買いたてホヤホヤのアクエリだったらしい。 「ふふ、ひんっですって。相変わらずお間抜けさんな声で。ふ、ふはは」 「ア、アクエリをいきなり首に当てるなんて。なんて卑怯極まった攻撃なんだ」  私は拳握って「こんなんびっくりして当たり前だ」と吠えたが「気配に気付かないのが悪い」と一蹴されてしまった。むぐぐ。 「現に、そこのお嬢さんは気づいてましたよ」 「エ」  雅さんを見たら、更地みたいな無表情で両手にキツネを作っていた。色々ツッコミどころはあるけど、そこはピースじゃないんかい。 「お、海尋パイセン来てる〜」  メル先輩に気づいた成瀬は近づいてきて「ちっすちっす」と適当に挨拶した。その挨拶の軽さはヘリウムの入った風船のごとく。愛嬌で生きている男は流石ちがう。学校の先輩(目上の人)に対する敬意が全く感じられない。一方で一路くんはと言うと。 「はじめまして!!」 「はい、はじめまして」 「今日は引率、よろしくお願いします!!」 「ええ、はい。こちらこそよろしくどうぞ」 「おれは一路って言います!!」 「はい、つづらさんから話は聞いてますよ」 「そっちの子は小日向って言います!!」 「知ってますよ」 「今日は引率、よろしくお願いします!!」 「えループ?」  すごい、メル先輩が気圧されてる……酔い止めが効いたみたいだ。挨拶一つ一つが体育会系まっしぐらって感じ。これが初対面だというんだから、運動部のコミュニケーション能力は恐ろしい。 「おやおや皆さん、お揃いで」  みんなでわちゃわちゃしていると、知らないおじさんが私達の集団に近付いてきた。小太りで白シャツに灰のスラックス。手にハンカチで汗を拭うという、なんとも完璧なおじさんだ。 「アナタが送迎してくれる方ですか?」 「エエ、エエ、そうです。私、嶋田と申します。先日のは私の妻で御座いまして」  嶋田さん(夫)は汗をペタペタ拭いながら低姿勢でペコペコしていた。特にメル先輩にはだいぶ畏まった態度である。失礼だとは思うが、傍から見れば上司と首を切られそうな部下だった。 「さあ、我が旅館へご案内致します。エエ、エエ、つくまでの間、ゆんるりお寛ぎ下さい」  マイクロバスでごとんごとん揺られて一時間半。ようやっと旅館に到着する。来る途中の道はまた一段とガッタガタで、一路くんはまたダウンしてしまった。 「うえ、おおん」 「彼、大丈夫なんですか?」 「多分ダメっすね」  なんかもう立てないみたいで、成瀬と私で肩を貸す。この(はりつけ)にされたイエス状態で吐かれたらたまったもんじゃあない。はやく部屋に案内してもらわなければ。 「あら、なんだか具合が悪そうな方がいらっしゃるわね」 「あ、嶋田さん。こんにちは。今日はお招きいただき、ありがとう御座います」 「大丈夫よ。それより、はやく部屋にお通ししたほうがいいでしょう。さ、さ、ご用意してますから」  嶋田さんに促されるまま、私たちは旅館に上がる。下駄箱の目の前には、白い着物を着た女性と木と合体した祠の描かれた屏風が私たちを見下ろしていた。  ※※※ 「今回、ここからこちらのお部屋をお使いいただけます。どうぞごゆっくりしていって下さいまし」  我々に宛てがわれた部屋は一人一部屋ずつという、なんとも贅沢なものだった。しかも、パンフレットの間取り図を見るかぎり、どの部屋からも外に池が見える。広さも申し分なし。ふつうに泊まったら一泊で諭吉が何枚サイフからいなくなるのか、想像だにしたくない。 「これ、ほんとうにタダでいいのかしら」 「うーん、たぶん大丈夫……ですよね先輩。大丈夫ですよねこれ、ねえ!」 「大丈夫ですよ。大丈夫だから服を引っ張らないでください。伸びる」  先輩は「はん、なにをびびってるんだか」と鼻で笑った。私は庶民、あなた坊っちゃん。ここには埋められない認識の差がある。 「とりま一路をいちばん端っこの部屋に突っ込んでくるわ。ちなみに俺、部屋は真ん中がいいな♡」 「可愛こぶっても可愛くないから意味ないよ」  嶋田さんから受け取っていた鍵を成瀬に投げる。鍵は木でできていて、差し込んでいる間は鍵が施錠されるタイプだった。ちなみにドアは襖みたいに横にスライドするやつだ。 「木の鍵なんて、小洒落てるわね」 「出入り口が襖っぽいのもいいよね」 「ほら、話してないでボクたちも部屋に荷物を置きますよ」 「あ、はーい」  はてさて、部屋の並びは左から私、メル先輩、成瀬、雅さん、一路くんの順になった。鍵を差し込み、そーっと部屋のなかを覗けば、口から自然と母音がまろび出る。 「おー、すご、広い!」  綺麗な黄金色の畳に柱。上品な木の香りが落ち着く。換気のために開け放たれた窓の先には太陽に照らされた深緑が見えて綺麗だ。  窓は外の縁側に繋がっていて、カーテンの代わりに障子があるみたいだ。内側から障子、鍵のかかる窓って感じ。 「お、外はとなりの部屋と繋がってるんだ」  部屋を背にして左側、一路くんの部屋の奥で縁側は終了していた。べつの部屋の人から覗かれないため、夜はなるべく障子を閉じていたほうがいいかな。  私は仕舞われていた障子をひっぱってスライドさせる。軽い引き心地に、障子の真新しさが伝わってくる。  さて、いきなりだが、私は嫌いなものを視界に見つけるのがめっぽううまい。ゴキブリなんかは直ぐに見つけることができる。  たぶん、普段から見たくもないものが目に映るため、視界内の異物に敏感になってしまったのだと思う。  何故そんな話を、と思っただろう。  タン、と引っこ抜いた障子の一枚。そこに虫らしきものがくっついていたからこその話題である。 「に"ゃっ!!」  私は突然の虫に驚いてうしろに後退した。さて、私は縁側の側から障子を閉めた。その際、後ろにはなにがあったか皆様方は覚えているだろうか。  ―――否、後ろは池である。  これ終わったわ〜、もう無理だわ〜。  このまま池ポチャしちゃうんだわ〜。 「危ないですよ」 「えわっ」  腕を引かれて一回転。ついでニ、三回転くらいしたかもしれない。目の前には麗しい顔。ちっっっけぇ!! 「近い近い!!」 「助けて貰って第一声がそれですか? ありがとう御座います先輩、大好きです。くらい言えないんでしょうかねこの子は」 「前半はともかく後半は言うわけない!」  こういうこと言うから素直に礼も言いづらいのだ。そこんとこわかってるのかこの人。いやわかっててあえてこの態度なんだ。それでなんとも言い難い顔をする私を見て、かわゆく笑う顔の下で悪党みたいに笑ってるに違いない。 「この悪党め、腰を擦るのをやめてください!」 「はて、なんのことだか」 「礼言やいいんでしょ、ありがとう御座いました。はい離してください!」 「大好きですは?」 「セクハラしなきゃ好きです!」 「ンマ、妥協してあげますか」  やっとこさ先輩のホールドから解放された。告白されるまえはちょっと近いくらいだったのに。スキンシップにいらんオプションを付けるな。  というか腰を擦るのはイヤラシすぎではないだろうか。乙女の身体に安易に触れないでほしい。心臓はひとり一個しかないのだ。美人にくっつかれて心臓一個で保たせる自信はあいにくとない。 「つづらさん。変な声あげてましたけど、こんどは一体なににびびったんです。部屋に座敷わらしでもいました?」 「座敷わらしはまだ見たことないです……いや、障子に虫がいるのが見えて」 「虫、ですか」 「ほらここ……あれ?」  指差した先には虫などいなかった。かわりに障子の紙に透かしが施されていた。この特徴的なかたちは――― 「蝉?」  ただの透かしにしてはひどくリアルな絵柄である。私はどうやらこの透かしで本物の蝉がいると錯覚してしまったようだ。 「こんな透かしがあったんですね。下の方にあるから気づきませんでした」 「ちょっと気持ち悪くないですか。虫嫌いな人には受けつけない仕様ですよ、これ」 「確かに。蝉が障子にとまって陰を作っているように見えますね。これは実際にいると錯覚してしまっても仕方ないでしょう」  いったい、誰がなにを思ってこの透かしを入れたんだろうか。正直、趣味がいいとは言えない。 「二人してしゃがみ込んで何してんの?」 「透かしを見てる」 「透かしを見てる」 「あ、そう」  真面目な顔して返した返事は見事にハモった。若干引かれている気がするのだが辞めてほしい。成瀬に引かれるなんて人生の汚点だ。最底辺だ。私たちはただ透かしを見てただけだい。 「二人して下を眺める不気味ムーブは置いといて。これからの計画確認しよーぜ」  場所は一人オエついてる一路くんの部屋にて話し合うらしい。一路くん、まだ酔いさめてなかったのね。お気の毒。  縁側から行くのもなんだかな、と思ったために、しっかり部屋の出入り口からお邪魔させてもらう。
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