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みんみんみーん。
風が心地よく部屋に吹いてきている。一路くんは体調不良のときにエアコンを付けると悪化するらしいから、あらゆる窓を全開にしている。難儀な体質だ。
「うっし、じゃあ始めますか! 旅行中にやるべきことの予定確認」
実は旅行に来る少しまえより、人数が集まるのだからいっしょに課題を進めないかと提案があったのだ。
うちの学校、忌々しいことに自由研究なるものが課題に組み込まれている。小学生かよ、と誰もが思ったものだが、生徒の自主性をうんぬん、発想力を育てうんぬんと尤もらしい理由により、これがまかり通っている。
スッパリはっきり云わせてもらうと、クッソ面倒くせー、が本音だ。が、提出しなきゃあもっと面倒なことになる。
詳細を語ると、例えば補修地獄が待ってたり、冬休みの課題が増えたりする。ちなみに監修担当は我らが担任。
そんな拷問に晒されてみろ。砂を豊満に含んだアサリを食べた時みたいな顔から戻らなくなる未来が見える。
マ、そういう訳で、みんなで協力して自由研究を負かそうという魂胆だ。一人だけでやるべしとは一言もいわれてないし、複数人、同じテーマで提出してはいけないともいわれていない。どうせやるならば何か楽しいテーマでもって取り組みたいもの。
「グループワークでやれることと言ったら伝承とか調べてまとめる、これ一本っしょ!」
「伝承、あるのかしら。ここ」
「ありますよ。伝承、いえ、伝説でしょうか。たしかかなり古いものが」
「エ、ほんとにあるんですね。伝説とか」
「成瀬くんは調べてたのかしら」
「ううん、今知った」
いや今知ったんかい。
こいつの無計画さは昔からだけど、何回見ても呆れる。メル先輩と雅さんもメジェドみたいな目になって成瀬を睨めつけていた。きっとアレが二人のド阿呆を見る顔に違いない。
「成瀬はなにも知らなかったくせに、なんで伝説調べようと思ったのよ」
「いやなんかそういうの、歴史調べに来た大学生みたいでかっこいいじゃん」
そう発言した成瀬の顔は真剣な、これからプロポーズでもするみたいなキメ顔だった。
「雅さん、そこのパンフ取ってくれる?」
「いいわ。これかしら」
「ありがとう」
「旅館と、後は集落のパンフレットですね」
「ちょっと! 無視よくないから!」
ギャンと騒いでる阿呆は放っておいて、パンフレットに載っている地図を眺める。
「メル先輩は伝説の詳しい内容って知ってたりしますか?」
「さぁ。詳しくはボクも知りません。ただ、近々この集落でお祭りが開催されるそうですよ。なんでも、この集落に伝わる伝説に則った祭事だとか」
なるほど、お祭りか。
これみよがしにタイムリーな話である。山奥の集落に伝わる伝説とお祭り。自由研究の内容としてはこれ以上ない題材だ。
「とりあえず観光がてら伝説のこと、お祭りのことを聞いてまわるのはどうかしら。せっかく旅行にきたのだし、課題ばかりでもつまらないでしょう?」
「いいね、それで行こう」
「一応調べものあるし、別れて行動したほうがいいんじゃねーの」
「そのほうが効率がよろしいでしょうね」
成瀬の言うことにみんなも頷いた。集落はそんなに広くないのだし、一日目は手分けして調べものと散策に使ってもいいかもしれない。
「すまないが……おれは酔いが残っていて行けそうにない。行くならばおれを置いていって……おれの屍を超えていってくれ」
「死ぬな死ぬな」
「明日は……明日はきっと役に立つから」
「はいはい、大丈夫だから休みなって」
ふむ、一路くんがいないとなると全部で四人になるから、分けるとしたら二人ずつかな。
「地図を見た限り、人が集まりそうかつ、夕餉の時間までに行って帰って来れる距離は河原方面と、神社、図書館方面ですね」
いまの時刻は午後十三時。各々歩くスピードや見物する時間、調べものをする時間もしっかり考えられている。旅館を起点として考えれば適切な判断だと思う。
「さて、では誰が誰と、どこに行くか決めましょうか。ちなみに、河原方面では地元の方に祭りの詳細を聞いて貰い、神社、図書館方面では伝説のことを調べて貰いたいですね」
「んじゃ、俺は河原方面に行きたいかな〜。なんか涼しそーだし。図書館で調べものとかだりーもん」
「では僕は神社、図書館方面で。少々調べたいこともあるので」
「私は余ったほうでいいわ」
おん、これ、私が決めたら全員の行き先が決まるのか。どうしよう。気持ち的にはちいちゃい頃から腐れ縁の成瀬のほうについていったほうが気は楽だ。行き先が河原ってのも夏っぽくてちょっと楽しそうだし。
「てかさ、河原で地元民に聞き取りって、なんか探偵みたいじゃね? 人も多そうだからいっぱい情報集まりそー」
「河原は子どもとか、そのお母さんとか沢山いるイメージあるわよね」
「今は夏休みですから。涼しくて楽しい場所に人が集まるのは自然な事です」
このとき、私のなかである式が浮かんだ。
人が多い=人が存在するだけ沢山話さなければならない。
雀部つづら=人見知りのコミュ障=会話できない。
「メル先輩に付いてきます!!」
心のなかの軍曹も満足間違い無しの敬礼をしながら元気よく宣言した。
子どもや同い年くらいならばまだ話せたが、奥さま方に話を聞くのなんてハードルが高すぎる。
きっと話しかけたはいいものの、どもりまくって変態扱いされるに違いない。いっぱい会話しなければならないなら、まだ活字を目で追ってたほうがマシだ。
「なら私は成瀬くんと河原ね」
「そいじゃま、夕飯まで解散って事で!」
成瀬と雅さんは早々に部屋から出ていった。あの二人、成瀬はともかくとして、雅さんまでもフットワークが軽い。
コミュニケーション能力高めな我が幼馴染と、アンニュイ美少女たる雅さんコンビならば、きっとやすやすと祭りの情報を地元民から聞き出してくるのだろう。くそう、コミュ力と顔の良さが羨まうらめしい!
「さ、ボクらも行きましょう」
「アはい」
心なしか嬉しそうな雰囲気のメル先輩に手を引かれるまま、私たちも一路くんの部屋をあとにした。
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