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はてさて、なんとか先輩を引きずって図書館へとやってきた。図書館といっても小さなもので、公民館と合併したような建物だった。
「この建物、元は公民館だったらしいですよ」
「あ、やっぱそうなんだ。というかなんでそんなこと詳しいんですか?」
「旅館に着く途中、車のなかで嶋田さんの旦那さんが言ってたでしょう」
やばい、ぜんぜん話を聞いてなかったことがバレてしまった。
メル先輩は「やれやれ」とわざとらしく肩をすくめてみせるので、フグみたいに頬を膨らませた。長時間バスに揺られていたからちょっと休憩してたのだと言い訳してみるも、一笑に付された。解せぬ。
「ほらはやく行きますよ」
「さっきまで先輩が遅かったのに」
「蝉に足を取られていたアナタで相殺です」
放たれた台詞にぐうの音も出なかった。残念無念極まれり。やはり年の功なのか、口では勝てそうもない。
さて、図書館もとい公民館の中を覗くとカウンターは無人であった。小さな集落なんだから、こんなものだろう。一応ちいさく「お邪魔しまーす」と断りを入れてから入る。
「うーん、託児所?」
置かれた本は絵本と児童書が多い印象を受ける。狭いスペースだが子どもが本を読んだり遊んだりする場所もあった。つみきやぬいぐるみも申し訳程度に置かれており、図書館という感じはあんまりしない。
「ん、つづらさん。この棚のここら辺がこの集落の歴史についての資料みたいですよ」
「あ、見つけてくれたんですね。ありがとうございまー……いや少な!」
ここら辺て、ちょっと分厚いファイルが二つしかないじゃないか。エ、こんなもん?
今まで地元でも歴史とか調べたことないからこの資料の量が普通なのか少ないのかわからない。というか、公民館だった訳だし、仮にも図書館とパンフレットにも書くくらいなんだから、もっとモノを充実させてもバチは当たらないんじゃなかろうか。
「これ、ほしい情報ありますかね……」
「……」
二人で手分けしてファイルをめくるが、視覚に入ってくる情報はどれも『どこに何の建物ができた』『水道開通』『あすこの道路整備開始』みたいな公共に関するものばかり。肝心な伝説の話は書いてなかった。
「先輩のほうのファイルは何か自由研究に使えそうな情報はありましたか?」
「こちらのファイルには供物の収穫量のグラフや子どもの出生率のグラフがありました。残念ながら、伝説のことはなにも」
なるほどなるほど。もうこれは集落の伝説ではなく、集落における村民の人口密度とかを研究対象にしたほうがいいのでは? この資料のグラフをまるまる活用してしまっていいのでは? そんな狡いことを考えてる時だった。
「―――なにか、お探しですか?」
人は、驚きすぎると声も出ないらしい。いままさに実感した。
「―――ッ!」
「んふ、大丈夫です?」
「笑いが漏れてますが??」
「あら、驚かせちゃいましたか」
いきなり後ろから声がして、そこでようやく人の存在感を感じとった。驚きと驚きと、それから驚きで私はその場にしゃがんでいた。持ってる資料は頭を守るために被っている状態。
(は、恥ずかしーーー!!)
「このままおもちゃ箱に入るくらいには小さくなって。ふ、あはは! 顔が夕日みたいだ!」
くっ、手を叩くほど後輩の痴態が面白いのか。性格悪い、性格悪い!!
「すみませんねぇ何か」
「いえいえ。こちらにいらしてたんですね、嶋田さん」
「ええ、私がここを管理してますから。ちょいと野暮用で、少し席を外してたんです」
メル先輩が嶋田さんの旦那さんと話してるあいだ、熱くなった頬を冷ます。
嶋田さん、足音どころか、図書館の引き戸のガラガラという音すら聞こえなかった。あんなんでいきなり背後に立たれたら誰でもビビる。心臓の弱い人なら発作をおこすレベルだ。
「ああ、そういえば。なにか、この集落のことで知りたいことがあったんですか?」
旦那さんは私の持ってる資料ファイルと、メル先輩が机の上に置いた資料ファイルを見て言う。そこに先輩がこれ幸いと伝説について聞いた。
旦那さんは「伝説」と聞いて合点がいったみたく手のひらに拳をポンと置く。
「ああ、せみのみこ伝説ですか」
「セミノミコ?」
セミとははたして。『蝉』の事だろうか。
「この集落では蝉の神様を祀ってましてね。ここに来る途中、沢山見たでしょう? ここはどうしてか蝉が多いんです」
蝉の神様がいる影響ですかねえと旦那さんは笑った。その目は細められているが、私にはぜんぜん笑っていないように思えた。
どことなく、嶋田さんの奥さんがメル先輩の家で、私を凝視していた時とおんなじ感じがした。
私はメル先輩の後ろに移動して服を掴む。この人はあんまり関わりたくないというか……視界に自分を映してほしくなかった。
「あれ、どうしたんで? 顔色が悪いけど」
「ああ、彼女人見知りなんです」
「おっと、こりゃ悪いことしましたね」
私の態度は車で会ったっきりの、ほぼ初対面のひとには悪いものだったろう。しかし、本当に顔色が悪かったのか、メル先輩は私にチラと視線をよこしてから誤魔化してくれた。こういう時には頼りになる先輩だ。
「では、ボクらは失礼しますね」
「ああ、気をつけて行ってらっしゃい」
先輩は私を前にして背を軽く押した。嶋田さんの旦那さんからなるべく見えないように配慮してくれているんだろう。
出入り口付近まで来たとき、旦那さんは「ちょっと待ってください」と私たちを呼び止めた。今までとは違う、温度の無い声だった。
「神社には、伝説の概要の書かれたプレートが設置してあるから、是非読んでください」
私は後ろを振り返ることなく礼を言い、早足でその場を去る。その間、図書館が見えなくなるまでずっと視線を感じていた。
そのせいか、神社とは真逆の道を歩いており、先輩から見事、方向音痴の称号をちょうだいした。
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