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厭な視線から逃げるのに成功したものの、地図の見方がちんぷんかんぷんすぎて神社に着くのが遅くなってしまった。
「つづらさんはナビできない人なんですね」
「め、目印になるものがあれば行けるんです。なんですかその顔、ほんとですよ!?」
眉をハの字にして笑うのはヒトを莫迦にして憐れんでる顔だ。今までのつきあいで幾度となくされてきた顔だった。抗議しても「はいはい」とあしらわれ、ゴム鞠みたく頭をぼんぼんされる。全力で遊ばれていた。
「……性悪あくま」
「いま何か、云いました?」
「メモよーし、シャーペンよーし。ちゃちゃっと調べものして帰りましょう!」
話題を変え、神社への階段を登る。触らぬ先輩に祟りなし。私は学んだ。蝉の声にも劣る小さな声でも、メル先輩の耳に悪口は届くのだと。
日差しはまだキツく、水分を摂りながら神社を目指す。人工的な石の階段は長い。苔で緑色になったそれを越えていく間、他愛ない話をした―――訳でもなく。黙々と、ただ黙々と階段を登った。その様子はさながら、山に修行にきた僧侶の如く。
「つづらさんは、鳥居は中央を通ってはいけない、という決まりをご存知ですか?」
階段を登り始めた辺りから「黙」をつらぬいていたのに、いきなりなんだこの人は。
「うん、マァ、一応そういうの好きですし」
答えると、彼は「そうですか。続けてください」と云うではないか。ほんとになんだ。
「えっと、鳥居の中央……参道は神様の通り道です。だから人間は神様の道を開けるために端に避けて歩くのが作法。ですよね」
「ええ、その通りです。恐らくその話は多くの日本人が知っているものかと思います」
参拝の作法は色々ある。例えば鳥居をくぐるのは一礼してからだとか、手水舎では手を洗ったあと、最後に残った水で持ち手を洗い流すだとか。たくさんあって覚えられない人のため、昨今では手順を書いた紙が添えられている。
だから、別にオカルトマニアでなくとも『鳥居の端を歩きましょう』というのは一般常識だろう。しかし、だからなんだという話だ。これから神社に行くのだから、気をつけろよとの忠告?
「因みに、鳥居がある一説では股を開いた女性の性器を見立てているという話があるんですけど」
「エなに?」
「鳥居がある一説では股を開いた」
「ちがうちがう。聞こえなかったからもっかい言ってって意味じゃなくて」
なぜさっきの話から女性の性器の話になるのか、脈絡が掴めないぞ。これはあれか。後輩なんだから先輩の話したい話題を察して繋げてみせろみたいな、接待みたいなあれか。試されているのか私は。
「ん、んんん……」
頑張って脳内の引き出しを開けまくる。確か性器を祀る宗教みたいなのがあったはずだ。もしかしてそれ?
「えと、生殖器崇拝のはなし??」
「違います」
違かった。
「胎内回帰願望のはなしです」
た、胎内回帰願望……随分と飛躍したように感じるのは気のせいだろうか。私は私の知っている情報を脳内で組み立てる。
「それって確か……人は無意識に胎児の、お腹の中にいた時の記憶を覚えてて、暗いとことか温かいところが好きってやつですか」
「胎内回帰については概ね合ってます。ボクが言ってるのは神社は母胎に例えられる、というはなしですね」
先輩は息汗ひとつかくことなく前を進んでいた。階段をテンポよく踏みしめる音が、息を吸うタイミングに合わさる。
「鳥居は股。参道は産道に例えられます。お宮は子宮ですね。神社に入り、参拝し、外に出て新しい自分に産まれ直す。そういう考えがあるんですよ」
「へえ、はじめて聞きました」
聞いてみればなるほど、日本人が考えつきそうなものだった。おんなじ発音のものを結びつけたり、何かに見立てたりすることが得意な人種は想像力豊かである。
「それで、その胎内回帰がどうしたんです?」
私の問いが最後まで紡がれたとき、ちょうど頂上へたどり着いた。メル先輩は私のほうを向いて立ち止まっている。
見上げると、先輩の白さと、背後にそびえ立つ鳥居の赤さが共に際だっていた。瞳が涼しげに光っている。
「ボク、思うんですよ。参道は神様の通り道ですけど、胎内回帰説に則れば参道は産道。産道は人の通り道。参道は神様の通り道。だから、神様が参道のその先にいるんです。じゃあ、」
―――産道のその先には、何がいる。
ぎらぎらの目が、楽しげに細められた。
炎天下のなか、長い階段を登って暑いのに。暑いはずなのに。私の背中は冷えていた。
「さ、産道の場合は人が入って、新しい自分として出ていくので、何もいないじゃないですか。――何も、いないですよ」
さっきから、何故か皮膚一枚ぶん寒い。死にかけの蝉、聞きなれない童謡、旦那さんの妙な視線。そして、先輩の上機嫌。
胸がざわざわする。『コレ』といった事が起きてないし、今日はオカルト関連の物はまったく見ていない。平和なはずなのに。
「何もいないですか。ふ、つづらさんらしい回答ですね。マ、参考までに覚えておいてください。神社は本来、神の箱庭です。でも、神のいない神社はもはや神社ではないし、そこを神社とするならば神がいなければ成り立たない」
メル先輩は、こちらを向いたまま一歩、神社に足を踏み入れる。その踏み入れた足は鳥居のど真ん中を踏みつけていた。
「ボクらがそこに神は無しと思えば、そこに神なんて居ないんですよ」
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