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燕さんは瓶ビール一本に見合わない金を置いて帰って言った。
レジに立つ俺は自分の薬指に光る指輪を眺めながら溜息をつく。
そこへバイトの女の子がやってきて俺の手首を掴んで驚いた顔をした。
「店長、結婚してたんですかっっ!!」
『バっ!バカっ!んな訳ねぇだろっ!!』
掴まれていた手を振り解いて指輪を隠すように拳を握った。
騒がしい声を出したせいで近くにいたバイト達がキャーキャーと騒ぎだす。
『あぁっ!もうっ!うるせぇうるせぇっ!!お前ら仕事しねぇと時給減らすかんなっ!!
「キャー、店長パワハラぁ〜」
ケラケラと笑いながら散っていくバイトたち。
一人きりになった俺は静かに指輪を外し、預かった小さな箱を取り出した。
そのリングケースには同じデザインの指輪が収まっている。
横並びにしまうと、それは完全に結婚指輪にしか見えない。
パコンと軽薄な音を立てて蓋を閉め、エプロンのポケットに押し込みガリガリと頭を掻いた。
『くそ庵司…』
「なんですか?」
通りかかったバイトがキョトンと俺を見る。
『ぁ…いや、なんでも…三番テーブルはけたから片しといて』
「は〜い」
雪乃…今お前に…
こんな物渡したら…
きっとヤバいよな。
きっと…
12月の明け方はまだまだ真っ暗で、どこもかしこも目覚めきらない景色のままだ。街灯でさえボンヤリと人気のない道を照らしている。
俺はコートのポケットに入ったリングケースを握り閉めながら、吐く息が白く色づくことに目を細めた。
雪乃にこの指輪を渡せば、アイツはきっと泣いて喜ぶだろう。そして、今より確実に…衰弱するに違いない…。
『燕さんも人が悪いよな』
寂しい独り言は地面に落ちる。
ビュッと吹いた風が冷たくて
身震いした。
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