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風に吹かれる自分の伸びきった前髪を摘んだ。
白に近いブロンドの髪。
俺は死ぬ程
この色が………
大嫌いだ。
「圭介さん」
雪乃の声がリビングに響いた。
一緒に暮らし始めて初めての冬が来る。
冷えたフローリングに素足のまま毛布を身体に巻きつけて俺を探している。
キッチンに居た俺はカウンターから顔を出して、返事を返した。
『雪乃、ここだよ』
「圭介さんっ!」
雪乃はキッチンに入ってくると、俺の背中に頰を寝かせて抱きついてきた。
少し体が震えている。
『大丈夫、ここに居るよ』
「居ないから…心配しちゃったよ」
『ごめん、ごめん。寒くなってきたからね。今晩はポトフにしようと思って。』
鍋の蓋をして雪乃に振り返る。
そうしたら、決まって愛おしそうに細めた目で俺の髪を撫でる。
『雪乃…』
「何?…圭介さん…変な顔…」
プッと小さく吹き出して俺をギュッと毛布ごと抱きしめてくる。
俺は複雑な心境の中、雪乃に対する愛情が日増しに膨らむのを抑えられなかった。
雪乃は…庵司を愛している。
そう…まだ暑い夏の最中に置き去りにした感情を、大切に抱えたままなんだ。
俺はそっと雪乃を抱き寄せる。
首筋に頬擦りしながら細い身体をゆっくり横抱きにした。
そのままソファーに連れて行き座らせる。
『待ってて。今日はここで食べよう。用意するから』
雪乃は一時期、記憶障害を起こし、俺を庵司だと思い込んでいた。
燕さんの看病のおかげか、次第に混濁した記憶は現実との擦り合わせが叶うようになり、俺を“圭介“だと認識出来るまでになった。
ただ、現状はそのくらいの進歩から進んでは居ない。
時折、刺さるような庵司の記憶が雪乃を混乱させる事に俺は…
焼け焦げるような嫉妬を感じていた。
キッチンで溜息を落としてから鍋を手にリビングのソファーの前のローテーブルに料理を並べた。
「圭介さん、凄い!やっぱプロだね!」
雪乃が屈託のない笑顔を向けてくる。
『俺はただの居酒屋店長!これは趣味です』
「…ふふ…でも凄いよ。ありがとう」
雪乃が好きだ。
好きで好きで
仕方ない。
あの朝、フラフラと生気のない顔で歩く男をナンパして、こんな事になるだなんて誰が予想出来ただろう…。
願う事なら、
あの朝…雪乃に出会う前に戻りたいと思う事もある。何も気にせず、自分の快楽のためだけに生きていた。
それほど他人を大事だと思うこともなく生きる。
身軽で楽な人生。
ただ、もしあのまま雪乃に出会えなかった事を思うと、どうしようもなく苦しくて…
『さ、食おうぜ』
「うん。」
気を取り直してソファーを背もたれに、ラグの上に座った俺たちは夕飯を済ませた。
『じゃあ、俺、行くから…何かあったら連絡するんだよ』
「圭介さん…」
『おいで、雪乃』
玄関で、雪乃の頭を抱き寄せ額に口づけた。
今にも泣き出しそうな大きな瞳が揺れながら俺を見上げてくる。
『朝には戻るよ』
「…うん」
『雪乃…』
背伸びをして、俺の髪に触れながら、白い肌を傾けて、キスをする雪乃が…愛しくて…大好きで……大嫌いだ。
「…行ってらっしゃい。気をつけてね」
『行ってきます。』
バタンと閉じた玄関扉。
向こう側で、雪乃はうずくまり、暫く啜り泣く。
毎日、毎夜、同じルーティン。
庵司を亡くしたショックから、まだ立ち直れない雪乃は、突然俺が同じように居なくなるんじゃないかと、毎日怯えていた。
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