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5枚の原稿用紙
その日は驚く程にスムーズに仕事が進んだ。
定時キッチリに退社。
しかも金曜日。
明日明後日と連休だ。
『今日は残業?』
というメッセージに、
『まさかの定時退社』
と返信する。
自宅近くのコンビニに寄って、缶ビールとハーゲンダッツを買う。
良いものを土産に買って帰りたいという思いより、少しでも長く耕輔と一緒に居たいという思いの方が勝った。
*
「ただいま」
「おかえり、親臣」
エプロンをつけた耕輔が笑顔で出迎えた。
「まさか冷めないうちに一緒に食べられるとは思わなかったぜ」
「俺も、まさか出来立ての耕輔の飯が食えるとは思わなかった」
明るい笑顔を浮かべる耕輔に、こちらも精一杯の笑みを返す。
「お前は締め切り大丈夫なのか?」
「俺を誰だと思ってんだよ。天才小説家、竜田耕輔様だぜ?もうキッチリ片付けた。今日は思いっきり食べて飲んで酔って朝までヤるぜ」
「酔って勃たなくなったらどうすんだよ馬鹿」
「親臣は控えればいいだろ。俺は突っ込まれる側なんだし、思いっきり飲んでやる」
そんな事を恥じらいもせずに堂々と宣言するこの男は俺の恋人で小説家の竜田耕輔。
耕輔と俺、加瀬谷親臣は中学からの付き合いだ。
とはいえ、まともに会話をしたのは俺が中1で耕輔が中2の1年間だけだった。
翌年になると衝突し始めて、高校に上がる頃には険悪の仲だった。
お互い質の悪い連中と付き合って、顔を合わせたら殴り合いの喧嘩。
あの状況からよくぞここまで関係を修復出来たと我ながら思う。
「でも、あの親臣が大人しく真面目にサラリーマンしてるなんて、昔の俺が聞いたら爆笑してるぜ」
「それはお互い様だろ。あの竜田耕輔が小説家なんてインテリな職業についてるなんて、あの頃の俺には想像出来ねぇぞ」
「俺、中2の時点で結構本読んでたし。お前と初めて出会ったのも図書館だろ?」
そうだった。
夏休みの読書感想文の本を探す為に訪れた図書館で耕輔に出会って、読み慣れてない俺でも楽しめて、感想文も書きやすい本を耕輔が探してくれたのだった。
「確かにそうだな。当時の俺は気づいていなかったが、お前あの時点でかなりの冊数の本を読んでたよな?」
「小説家としては、そんなに多く読んでるわけではないと思うけどな。ま、そんな事より早く飯食おうぜ。せっかくの料理が冷めちまう」
耕輔が食事の話をした途端、美味しそうな匂いが漂ってきて、俺の腹が鳴った。
耕輔はそれに気づいて腹を抱えて笑い、俺は真っ赤になる。
部屋着に着替えて、ダイニングへと向かう。
耕輔は既にテーブルに料理を並べていた。
俺のメッセージを見てから飲む事に決めたのか、酒のつまみになりそうなものが多く並んでいた。
祖父母に育てられた耕輔の料理は和食が多かった。
砂肝と葱のニンニク炒め。
キュウリとタコをごま油と醤油で味つけしたつまみ。
肉じゃがは俺が残業する前提で作った食事の名残だろう。
残業後に一度火を通して食べる、味のしっかり染みた肉じゃがも美味い。
だが出来立ての肉じゃがも、あれに引けを取らないくらいに美味だ。
「……美味い。勃つ勃たない云々じゃなくて、お前の肉じゃがは普通に白いメシと食いてぇ。酒のつまみじゃなくて」
「マジで?その肉じゃが、お前に合わせて改良に改良を重ねた甲斐があったぜ」
そうだった。
耕輔の料理が、いつの間にか自分に合う味になっていた事に俺は気づかなかった。
「……ごめん」
「何で謝るんだよ。俺が勝手に研究しただけだし、結構楽しかったぞ。小説のネタにもなったしな」
“小説家にとってどんな体験も無駄じゃない。全てが価値ある体験だ”が耕輔の口癖だ。
俺は耕輔の、そういうポジティブな所が好きだった。
*
俺が食器を洗うと言うと、「じゃあ先に風呂に入ってくる」と耕輔は言った。
あんなに飲んだのに、すぐに風呂に入って大丈夫なのかと心配になったが、耕輔はご機嫌な様子で浴室から出てきて、冷凍庫を開けて早速ハーゲンダッツを口にしていた。
「めっちゃうまーっ!風呂上がりのハーゲンダッツは最高だぜ!」
……俺の心配は完全に杞憂だったようだ。
「俺も風呂入ってくる」
「なら親臣の部屋で待ってるぜ。俺が明日立てなくなるくらいに気持ちよくしてくれよな」
「……お前な」
あまりに露骨過ぎる耕輔に頭を抱える。
そんな素直な耕輔に惹かれるのも事実だが。
「恥じらいがない……とか思ってるだろ」
……先程までのテンションの高さは何処に行ったのか。
耕輔は急に穏やかな微笑みを浮かべて俺を見た。
「親臣には気持ちを全部素直にさらけ出した方が良いのかなと思ったんだ。お前、案外ネガティブっていうか、一人で結構色々考え込んで……悩むだろ」
……確かに。
耕輔は恥ずかしげもなく『好き』とか『愛してる』とか口にするが、耕輔がそんな風に素直に想いを口にしていなければ、俺は耕輔が本当に俺を好きなのか、本当に俺を愛しているのか、疑ったり、悩んだりしている気がする。
「大丈夫だ、親臣」
耕輔は笑う。
「お前の事情とか、生い立ちとか、お前の性格とか。そういうの全部、俺は把握してるから。理解しているつもりだから」
耕輔は笑う。
微笑むと言った方が正しいだろうか?
耕輔は、全てを許し受け入れる、聖母のような微笑みを浮かべていた。
「この先どんな事があっても、何があっても、お前の選択で俺が命を落としても、俺は絶対にお前を憎まないし恨まない」
「耕……」
「だからお前も自分を責めるな。幸せになれ。人生を楽しめ。お前の幸せそうな顔こそが、俺にとっての幸せだからな」
*
古びた400字詰めの原稿用紙5枚に書かれた妄想小説は此処で終わっている。
原稿用紙の中の“親臣”と“耕輔”は甘い休日を過ごせたのか。
小説の中の最後の“耕輔”の遺言めいた言葉の真意も、もうわからない。
この妄想小説の作者は、竜田耕輔は、この世にもう存在しないからだ。
*
この妄想小説には、いくつか嘘が含まれている。
竜田耕輔は俺の先輩ではなく、同級生だ。
こんなに明るく快活な人間ではなく、いつも教室で俯いている暗い生徒だった。
俺たちは対等の立場で喧嘩をしていたのではなく、俺は彼を毛嫌いするクラスメイトたちに混じって、一方的に耕輔を虐めていた。
耕輔の祖父母は耕輔に料理を振る舞い、教えるような人物たちではなかった。
アイツは何を食べて生きているのかわからない程ガリガリに痩せていて、毎日、いつ洗濯したのかわからないような薄汚れて臭い制服を着ていた。
それがいじめの原因だった。
*
中学3年の午後の授業。
欠伸をしながら窓を見ると、黒い影が落下した。
“それ”が何か、その時はわからなかった。
ドサリという音と、下の階からの悲鳴。
その時初めて、落下したのが人間だと気づいた。
耕輔だった。
教師が教室から飛び出して行き、戻ってきたと思ったら真っ青な顔ですぐに下校するようにと俺たちを促した。
救急車の音。
微かに聞こえる「もうダメだ」「助からない」の声。
人の死を間近で体感したのは初めてだった。
俺はとにかくその場から逃げたくて、慌てて机の中の荷物を鞄に突っ込んだ。
明らかに俺の所持品ではない、1冊の本が混じっている事にも気づかずに。
*
俺の両親は共に不倫をしていた。
耕輔と違うのは、毎日食事代がテーブルの上に置かれていた事と、不倫相手を伴ってだが母親が毎日帰って来ていた事。
でも、母親の帰宅はいつも日付が変わった後だった。
誰も居ない、ただ無駄に豪奢で広いだけの自宅で、俺はベッドに潜って震えていた。
……あの頃の俺には覚悟が無かった。
自分の言動で、行動で、まさか人が死ぬなんて想像もしていなかった。
取り返しのつかない事をしてしまったという自覚はあった。
でも罪を懺悔する相手すら、あの頃の俺には居なかった。
翌日土曜日は臨時休校で、日曜日の夜になり、俺はのろのろと翌日登校する準備を始めた。
その時だった。
俺の教科書に混じる“異物”を見つけたのは。
“それ”は、中1の時図書館で、俺が耕輔に薦められた本だった。
耕輔が死ぬ直前、俺の机に突っ込んだのだろう。
その本に、原稿用紙が5枚が挟まれていた。
状況的に、遺書だろうと思った。
俺は耕輔を虐めていた。
だからその恨みつらみ、憎悪や怨嗟の言葉が書き綴られているのだろうと。
俺は本と原稿用紙を机に叩きつけ、トイレに走ると嘔吐を繰り返した。
胃液しか出なくなるまで嘔吐をすると、そのままトイレに座り込んで頭を抱えた。
どうしよう。
読みたくない。
でも、捨てられない。
捨てるのは、怖い。
泣きじゃくっても、嗚咽を漏らしても、声を掛けてくれる人も手を差し伸べてくれる人もいない。
母さんはまだ当分帰らないし、帰ってきても自室で不倫相手との性交に耽るのだろう。
泣いて叫んで疲れた俺は、重い身体を引き摺って自室に戻った。
勉強机の引き出しのうち、鍵のかかる引き出しに入っているものを全て引っ張り出して、そこに原稿用紙ごと本を突っ込んで鍵を掛けた。
働かない頭で翌日の準備をすると、乱雑な机の上はそのままに、ベッドに横になった。
頭が痛い。
身体が重い。
でも眠れない。
母親が帰って来ている時間だ。
きっとあの男と一緒だ。
痛い。
苦しい。
それでも、俺は……。
*
──19年後、とあるブログにて。
『チカちゃんに質問です。先日、有名ミュージシャンが学生時代の障害者いじめが原因で炎上しましたが、あれについてチカちゃんはてどう思いましたか?』
この質問にどう答えていいのか、すごく悩みました。
俺は、あのミュージシャンにどうこう言える立場じゃありません。
何故なら俺はいじめをした側、加害者側の立場だからです。
しかも、被害者は自死しました。
中学の屋上から飛び降りました。
今日のブログは、炎上覚悟で書きます。
多分、現在進行形でいじめを受けている被害者や、過去のいじめで傷ついて苦しんでいる元被害者は、今日の俺のブログを読んでも自分の罪を正当化してるとしか思えないだろうし、怒りしか湧いてこないと思います。
その怒りをも受け入れる覚悟で俺は今日、このブログを書きます。
俺が自死に追い込んだ相手は、母子家庭でした。
でも母親が精神疾患を抱えて、その母親の両親……祖父母に預けられていました。
祖父母はそいつの世話を全くしませんでした。
そいつは何食べて生きているのかわからないくらいにガリガリで、いつ洗濯したのかわからないような汚れて臭い制服をいつも着ていました。
だから、
「汚い」
「臭い」
「キモい」
と、いじめの標的になっていました。
同じクラスの男子の殆どがそいつをいじめていました。
俺も一緒にいじめてました。
殴ったり蹴ったりしていました。
ある日の午後、そいつは屋上から飛び降りました。
でも、いじめは問題になりませんでした。
そいつの祖父母も母親も、そいつがいじめられていた事を把握していなかったからです。
学校側はこれ幸いと、そいつの自死を家庭環境のせいにしました。
俺たちのいじめは、“無かったこと”になりました。
そいつが自死した日、俺の机に本が入っていました。
本と、本に挟まれた400字詰め原稿用紙5枚。
遺書だと思いました。
俺に対する恨みつらみがギッシリ書かれているのだと思いました。
その原稿用紙に目を通せたのは、成人過ぎてからです。
原稿用紙5枚に書かれていたのは、俺とそいつの恋愛小説でした。
成人して同居する、俺とそいつの甘い日常の一幕が描かれた小説でした。
恨みつらみなんて書かれていませんでした。
むしろ鉛筆で綴られた恋愛小説の最後はこうでした。
「お前の事情とか、生い立ちとか、お前の性格とか。そういうの全部、俺は把握してるから。理解しているつもりだから」
「この先どんな事があっても、何があっても、お前の選択で俺が命を落としても、俺は絶対にお前を憎まないし恨まない」
「だからお前も自分を責めるな。幸せになれ。人生を楽しめ。お前の幸せそうな顔こそが、俺にとっての幸せだからな」
アイツ、俺のこと好きだったのかな……と今は思います。
別に、それに対して気持ち悪いとかそういうのはありません。
むしろ、アイツが自死せずに俺に告白していたら、俺はそれを受け入れていたと思います。
ただ、その先に幸せがあったとは思えません。
「そいつが告白していたら俺は受け入れていた」というのは、俺がそいつを恋愛感情として好きだからではないからです。
俺は当時、両親が共に不倫していました。
俺はたまたま裕福だったのと、日付が変わった後で母親が一応毎日帰ってきて洗濯をしてくれていたから、臭くない制服が着れていただけです。
でも、当時の俺はすごく孤独でした。
だから、そいつが俺に告白してくれたら、俺は受け入れていたと思います。
でも、それは恋愛ではなく依存です。
依存なので、近いうちにDVとかに発展していたんじゃないかと思います。
もしくはお互い共依存状態になって、病んで病みまくって、最悪心中とか……あり得たと思うんです。
ハッピーエンドは正直考えられません。
LGBTがこれだけ話題になってる中でこんな事言うのもどうかと思うんですけど、10代の、特に家庭環境が悪いガキの同性愛はほぼ依存じゃないかと思ってます。
血の繋がった家族や、自分を産んだ母親すら愛してくれない孤独な自分に「一人じゃない」って感覚を体感させてくれるんだから、そりゃ相手に対して抱く感情を恋愛感情と勘違いしますよ。
だって、このブログを読んでる40代や50代の人から、
『不倫相手のアパートに入り浸って、たまに帰ってきたと思ったら酔っ払って殴ったり蹴ったりしてくる夫なのですが、それでも私は愛しているんです。どうすれば夫と幸せになれるんでしょうか?』
みたいなメッセージがほぼ毎日来ます。
それは愛じゃなくて依存です。
40代や50代の人が恋愛と依存の区別がつかないのですから、10代のガキに区別がつくわけがないんです。
で、恋愛は別として。
そいつを助けられなかったのかな……と、今も頭を抱えることがあります。
色々考えて、唯一そいつが助かる可能性があったのは、そいつと一緒に児童相談所に駆け込んで、そいつを保護してもらう事……だけかな、と。
そいつ、頭が良かったです。
本もめちゃくちゃ読んでました。
三國志とか読破してたんじゃないかな……アイツ。
でも、アイツが自死せずにそのまま成長して就職して、順風満帆な毎日を送れたとは俺は思えません。
家族がアイツの味方じゃなかったからです。
血の繋がった家族や自分を産んだ母親が自分を苦しめる敵だったんです。
血の繋がった家族や母親が自分を苦しめる敵なら、当然ですが、血の繋がらない赤の他人なんて敵だとしか思えません。
そういう人たちは、この世界に敵しかいなくなるんです。
味方はもちろん、力を貸してくれる人も、優しく手を差し伸べてくれる人も、誰もいないんです。
そんな状態で普通に働いて、普通に恋愛や結婚が出来るわけがないんです。
良くて精神疾患や鬱を患って、生きるのが精一杯な状態……だったと思います。
あの祖父母や母親の元で高卒で就職というのは苦しかったと思います。
児童相談所から医療や福祉に繋げてもらうしか、アイツを本当の意味で救える手段は無かったと思います。
ただ、これは現在34歳で、そこそこの知識がある俺、加瀬谷親臣だから考えられる事です。
当時15歳の何も知らないガキの俺がそこまで考えられたとは思えません。
結局、当時の俺にアイツを救う為に何かが出来たとは思えません。
とはいえ、アイツを殴ったり蹴ったり罵倒したのは俺の間違いだし、俺の罪だと思っています。
俺が本来、殴って蹴って罵倒すべきなのは親でした。
子供放置して不倫して、離婚というケジメもつけない父親と母親。
当時の俺はそっちを殴るべきでした。
アイツに暴力を奮ったのは、罵倒したのはただの俺の八つ当たりです。
親を殴るのが怖いから、親を罵倒するのが怖いから、無関係のアイツを殴って罵倒したんです。
それは本当に、ただの理不尽な八つ当たりです。
アイツには申し訳ない事をしたと思っています。
現在進行形でいじめを受けている被害者や、過去のいじめで傷ついて苦しんでいる元被害者は「それで終わりかよ!?」と腹が立つと思います。
「俺の人生はお前らの理不尽ないじめで歪んだのに、お前らいじめ加害者は俺らいじめ被害者の人生狂わせたのに、『申し訳ない』の一言で終わりかよ!?」と怒りが込み上げてくると思います。
でも、俺にはそれしかできません。
罪を認めて、間違いを認めて、申し訳ございませんと謝罪する事しか出来ません。
被害者の怒りや罵倒を受け入れて、申し訳なさを抱えて、寿命が尽きるまで生きて死ぬ事しか出来ません。
ただ、罪悪感に負けて死ぬ事だけは違うと思うから、それはただの思考停止であり、逃げだと思うから。
いじめ被害者は俺に対して死ねと思うかもしれませんが、その思いや怒りを受け止めた上で、それを抱えた上で、最後の最後まで生きるつもりです。
それが、いじめ加害者の俺が取るべき『責任』だと思うから……。
*
実は、ブログには記載しなかった耕輔の小説についての俺なりの考察がある。
まず、小説と実際の耕輔の性格の差異について。
小説内の“竜田耕輔”という男は、赤裸々に何でも口にする男だ。
だが、実際の竜田耕輔は無口で大人しい少年だった。
恐らく、小説内で同棲している“加瀬谷親臣”という男は少年時代の俺だけでなく、アイツの家族の役割も兼ねていたのだろう。
『こんな風に思ったことをそのまま口にできる家族と暮らしたかった』
『気持ちや思いを素直に表現し、時には躊躇なく喧嘩できる、そんな強い自分自身でありたかった』
そんな想いを少年竜田耕輔は、小説の登場人物である“竜田耕輔”という男に込めたのだろう。
そして、何故俺が小説内に登場したのか。
何故アイツは俺に、遺書でもありラブレターでもある、この妄想小説を届けようとしたのか。
ひとつは、ブログにも書いた通り、アイツは俺のことが好きだったのかもしれない。
それが恋愛か依存か、似た境遇であるが故の執着だったのかは、アイツが死した今、もう判断することはできないが。
もうひとつは、「自分と同じ轍を踏むな」というアイツから俺へのメッセージである可能性。
──お前は俺と同じ道を歩むな。
──親と衝突してでも本音を言え。
──喧嘩や衝突が無いのが良好な関係ではない。
──「喧嘩や衝突しても必ず仲直り出来る」という安心感の中、喧嘩や衝突が出来る関係こそが真の良好な関係だ。
同級生である筈の耕輔が、小説内では1歳年上の先輩だったのは、“先に死にゆく先達からのメッセージ”という意味合いがあったのではないか。
『“小説家にとってどんな体験も無駄じゃない。全てが価値ある体験だ”が耕輔の口癖だ』という地の文は、「俺の短い人生を、そして死を無駄なものにしないでくれ」という、少年耕輔の祈りであり、願いだったのかもしれない。
もちろん、これはあくまでも俺の考察だ。
耕輔の真意では無い。
「何でもズバズバ言うポジティブキャラになりかったなら、もっとシンプルでわかりやすいメッセージを書けよ、ばーか」
俺は傍らの古びた5枚の原稿用紙を撫でた。
けれど、どんなに小説内の“耕輔”が自分を責めるなと口にしても、それでも俺は加害者だ。
親に向けるべき怒りを、苛立ちを、耕輔に向けて、耕輔を傷つけた加害者だ。
どんなに謝罪しても、どんなに嘆いても、耕輔はもう生き返らない。
俺は、この5枚の原稿用紙と共に生きていくしかない。
いつものように原稿用紙を本に挟んで、真新しい本と一緒に引き出しに入れた。
人間は2度死ぬと、何処かで聞いた。
1度目は、その命を終えた時。
2度目は、その存在を忘れ去られた時。
ならば、耕輔の存在を記憶したまま生き、寿命を全うする事が、俺の贖罪だろう。
真新しい本は、今年の人気作。
耕輔が楽しんだら、次は俺が読もう。
どんなに苦しくても、辛くても。
最後の最後まで生き抜く為に。
End.
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