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ハジメテのオツカイ
遊びに行くと告げたら、ムジナが化かしをくれた。それでは足らんとカラスが呪いをくれた。オロチのジロとゴロが酒を土産に強請ってシロが金子をくれた。見慣れた穴あき銭でも紙でもなくてまじまじと見てたら、下界の金子だから主に渡せば酒も花も買えるとムジナが教えてくれた。ムジナはよく下界で買い物をするから信じて良いかな。カラスも社の鳥居から覗き見て頷いた。此処はずっと昼日中で時の流れはわからない。だけどムジナやオロチがいると夕暮れになって夜になる。もう真夜中だ。
ふわぁとムジナがあくびして、じゃあなぁ、向こうで会ったらよろしくなぁ、ってぽんっと人化けする。化ける前はむっちりの丸顔にちっちゃな耳で、ぽってり下っ腹を短い手でさすりさすりとてんとてんと歩くムジナ。人化けするとしゅっとなる。宰相様が2つ目ならきっとこんなだ。ヤサオトコって言うらしい。でっかいハイビスカス模様のひらひらパンツにモンステラ柄の木綿縮緬シャツ。ボクらと同じ真っ黒毛色のツンツン頭は麦わら帽子が乗っかって、日に焼けた長い足には蛍光ピンクの鼻緒のビーチサンダルだ。まん丸茶色のサングラスをツンとした鼻に引っかけスイカの入った白い編み上げ袋をぶらぶらさせて花畑に紛れて消えていく。
ふわわぁと一人起きてたオロチのシロもあくびして、俺らも帰るねーと大きな躰をうねらせずるずる動き出す。シロは優しいから寝てるヤツは起こさない。ガンゴンガンガンゴンガン。イチローからハチローの力なく投げ出されてた首がバウンバウンと岩山の岩を巻き上げてもうもうと煙る中、闇に馴染んで消えていく。岩の破片を避けて高く舞っていたカラスがすぅっと降りてきて、そろそろ時間だ、とボクらと同じ赤い目をパチリと瞬いた。
岩山の奥底、ゴーンンンゴーンン。ゴーンンンと響くのは地獄の釜の蓋が閉まる音。ボクらは社の白けた鳥居に留まるカラスにニシシって笑った。
時間だって。
時間だ。
行こ。
ボクらはムジナの化かしでぽんっと人化けする。カラスの呪いでちゃあんと3人になる。黒い半ズボンに黒い長袖パーカー、足元はサンダルじゃなくてスニーカーでスイカは無いけどポケットにはお金を入れる財布もあった。それから名前。これがカラスが呪い。
「一結、二汰、三千。釜が開くまでに何処ぞの社をくぐれよ。」
「うん。」
「わかった。」
「じゃあね。」
「『じゃあね』じゃありませんよ。八咫殿、甘やかさないでください。」
花畑から空に向かって駆け出そうとした俺らの前に、ムジナの似せた、黒い長着姿のひとつ目鬼が立っていた。人化けして小さくなった俺らをじろりと見下ろして、ひとつ目鬼の宰相様は手続きがありますから一緒に来なさい、と裏口へと踵を返した。ボクらは宰相様に騙されて3年も夏休みを知らなかったんだ。だからいつか噛むつもり。
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