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岩山の裂け目から冥府へ続く道は真っ暗闇で途中からはたくさん別れてる。ボクらと宰相様の周りだけ蛍が集まって仄明かるい。分かれ道に入る手前で宰相様が立ち止まった。
マントを渡せってさ。
大事なんだよ。汚さないでよ。
モノジチなんてオトナゲナイね。
ひとつ目鬼の宰相様は、ボクらがいつも手首に巻いてるマントを取り上げた。代わりに氷水晶と焔黒曜石を怨嗟と慈愛で交互に繋いだアンクレットを一結に填めた。
「アンクレットは黄泉の貴重な宝玉で作られておりますからね。外さない、無くさない、いいですね?帰ってきたらあの安っぽいマントと交換してあげます。」
こんなのいらない。安っぽいってなに。
いらないよ。悪口かな。殺しちゃう?
オトナゲナイよ。逃げたりしないのにさ。
「一結だけ鎖付き。」
「なんでボクだけ。」
「なんで一結だけ。」
「あんたがた、八咫殿の呪いで三つに別れて視えてるだけですからね。くれぐれも。いいですね?躰が一体だと理解して行動してくださいよ!」
「わかってるって。」
「当たり前じゃん。」
「宰相様って馬鹿みたい。」
蛍のひかりを滲ませる紺碧色のマントを丁寧に畳み袂に仕舞う仕草に、まぁいいや、と頷き合う。
もういい?
戻っていい?
社から抜けていい?
「案内人が待っています。着いてきてください。それと社からの出入りは八咫殿しか許可しません。」
宰相様はボクらをじとりと見据え片手を挙げると二本指を揃えて空中に四角を描く。描いた中指と人差し指をすぐ横の岩壁にトンと触れ、蛍を纏って通り抜けた。
岩壁の向こうは丸い格子窓の板張りの部屋。高くない天井から下がる飾りランタンに蛍は吸い寄せられてンタンが灯る。飾りの金細工がキラキラ輝いて宰相様の白い肌色が浮きあがった。ひとつ目のひとつ角のこの鬼がボクらのお目付役の宰相様。黄泉の国の一番の閻魔様はイイ鬼だけどひとつ目鬼を宰相様にしたのはヨクナイ。いろんなことに口出しばっかりする威張りんぼで、やさしくない。この部屋は凄く整ってるから、宰相様の部屋じゃないと思うな。中央の座卓テーブルの長持椅子の座布団にちょこんと正座して、宰相様に深々と頭を下げた銀髪の若草色の着物姿をボクらは知ってる。
「ばぁちゃん!」
「久しぶり!」
「ばぁちゃんだ!」
「ああっ!こらっ!待ちなさい!マテッ!イヌッコロ!!」
うれしくって抱きつこうとしたボクらのパーカーのフードをバババッと両手でひっ捕まえる宰相様に三千が足蹴りする。伸ばした手にばぁちゃんの節くれた指が触れてボクらはニシシって笑った。
「おやまぁあんたら、てるみたいだ。」
「トワ子殿、この有様です。躾のなってない犬で参りました。、、断られてもよいのですよ?」
ほほ。っとばあちゃんはコメカミをピクリと動かす宰相様に笑って椅子から降りると銀色の草履をトンと履いた。
「ばぁちゃんと一緒に行くかい。」
「行く!」
「てるんとこ!」
「行くの!」
ばぁちゃんはボクらの頭を撫でて、宰相様の手からフードを放させてくれた。
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