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お迎え提灯
ばぁちゃんとかわりばんこに手を繋いで、ボクらは宰相様が悪い鬼だって教えたり、お酒をお土産に頼まれたって威張ったりする。前にばぁちゃんとてるを乗っけて渡った1本橋を明るい空の下で初めて見た。橋面は七夕の短冊を切り貼りしたみたいにカラフルで赤黒い擬宝珠も熟れた葡萄みたいにツヤツヤしてる。てんでばらばらの格好の人間達が溢れてるから纏う色も溢れて、それで、みんな笑ってる。キョロキョロしてたらいつの間にか渡ってた橋はなくなってた。ボクらはばぁちゃんと一緒に不格好なきゅうりうまに乗ってぽくぽく下界に降りていく。パカラッパカラッ駆けるマコモの凛々しい馬やビューンと飛んでく黄色いスポーツカーはカッコイイ。てくてく歩いたり、いそいそ走ったりしてる人間もいるから乗り物はあってもなくてもいいんだ。結び飾りのついた絹織の豪奢な緑色の馬にはおかっぱの白銀髪のばぁちゃんが横座りで乗っている。その綺麗な馬はぽっくりぽっくりゆっくり歩いてるからボクらは追い越していく。そのボクらの脇をヒューンとキリモミの赤い飛行機が飛んでいく。
「ばぁちゃん、来年はボクらに乗って。」
「ボクらすごくカッコイイよ。」
「ボクらとっても速いよ。」
ぽくぽく歩いてた不格好なきゅうりうまは、チラチラボクらを見て、パカラパカラって駆けた。ばぁちゃんはぽんぽんときゅうりうまの首筋を撫でて、ゆっくりでいい、って言うんだ。ボクらの前をひらひらと蝶々が飛んでいく。その背にシルクハットを被る男の子と大きなリボンの女の子を乗せて過ぎていく。ゼィゼィ息を荒くしたきゅうりうまはまたぽくぽくと歩く。
「この馬はお迎えに合わせてるんだ。ほらごらん、灯りが。」
「トワ子さん。」
「幾久さん。」
提灯の灯りは明るい夕暮れに負けて薄ぼんやり。提灯の柄を持つ小さな手。白地に怪獣柄の甚平を着て、墓の前にしゃがむ大人達の中で、うまに乗ってるボクらにきょろんと目を瞬かせる。
てるだ。
てるだ。
ボクらの主。
「ばぁちゃん。ボクら。」
きゅうりうまから降りたばぁちゃんの隣には知らない痩せたオジサン。縞々の着物は涼しげで若草色の帯はばぁちゃんの着物と同じ色。しわしわのばぁちゃんと手を繋いでボクらに、こんばんは、ってにっかり笑った。
「僕らは迎えの提灯に乗って行くよ。君らはその馬と家に入りなさい。」
「ボクら、てるに会いたい。」
「ボクら、てると話したい。」
「ボクら、てると遊びたい。」
だって夏休みなんだもん。
ハジメテの夏休みなんだ。
ずっと夏休みを知らなかったんだ。
口々に訴えたボクらにばぁちゃんはしぃっと唇に人差し指を当てる。
「家に入ったらちゃあんと叶うよ。」
ふいに纏わり付いた線香の煙にぱしぱし瞬いてたら、ポスンと畳の上に転び出た。パタンと物音がした方を向くと割り箸を四つ足に見立てて差し込まれたずんぐりなキュウリが黒いお盆の上でパッタリ倒れて、ガラガラって玄関の開く音がした。
「ただいまー!」
「おかえりてるっ!」
「ただいまってるっ!」
「てる!待ってた!」
ただいまーって帰ってきたてるに、ボクらは駆けていく。提灯の灯りがふわふわ揺れて、ほらごらん上手く行っただろ、ってばぁちゃんの声が聞こえた気がした。
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