手のひらで転がされているかもしれませんが......何か?

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 ピカピカに磨き上げられた最高の調度品を揃えた部屋には、3人の男性が執務机に腰掛けていた。  カーテンを全開にした窓からは、朝日が真っ直ぐに差し込み、朝の議会準備に追われる彼らの影は忙しなく動いている。 「シダナ、昨日セリオスが問題視していた教会への寄付の増額資料は揃えたか?」 「はい。3冊目のファイルに追加しております」 「確認しておく。各孤児院からの嘆願書は?」 「わたくしの方で既にまとめて、本日の議会で発表させていただきます」 「任せた。ところでその資料はセリオスには渡っているのか?」 「昨晩、既に」 「そうか。あと決議待ちの案件一覧をここに」 「はっ」  短い返事をした後、一人の男──シダナが書類を手にして立ち上がった。  シダナこと、シダナ・ミューセは、この部屋の主の側近兼護衛の一人。28歳の彼は、見た目は栗色に近い金色の髪と翡翠色の瞳。穏やかな物腰の知的なイケメンである。  この会話の通り政務の補佐を得意としており、聖皇后には食えないヤツと思われるほど頭が切れる。    シダナは主から書類を受け取ると、すぐに自分の席に戻り、本日のスケジュールを確認しながらペンを走らせる。議会の司会進行は、いつも彼の役目だ。  この部屋の主は、シダナがまとめた決議待ちの案件に軽く目を通すと、今度はもう一人の男に声を掛けた。 「ところで、ヴァーリ………いや、いい」  猫の手も借りたい忙しさから少しばかり手伝いをしてもらおうと声をかけたが、全力で「無理です」と主張をする側近に主は即座に諦めた。    主の命令を拒否する図太い神経の持ち主の名は、ヴァーリ・ウルセルだ。  彼はシダナより2つ年下の26歳。茶褐色の短い髪と瞳を持つ黙っていれば爽やか系のイケメンである。ただ脳筋ゆえに短絡思考であり、事務処理は大の苦手ときている。  この二人を従えているのは、メルギオス帝国の皇帝アルビス・デュ・リュスガノフ。  メルギオス帝国には、こんな言い伝えがある。  皇族だけが持つ魔力で異世界の女性を召喚し、皇后にすることができた皇帝は、歴史に名を残す偉大な皇帝──聖皇帝になれると。   アルビスは2ヶ月前に異世界の少女と結婚をし、言い伝え通り聖皇帝となった。  そんな彼は、とても美しい容姿をしていた。  背の中ほどまで流れている夜明けの湖畔のような藍と、絹糸のような銀が交じり合ったような髪。刺すような深紅の瞳。  顔中のパーツはどれ一つをとっても美しくないものはなく、完璧な位置に配置されており、何気ない一つ一つの動作が洗練されている。  しかし当の本人はそんなことはまったく無自覚で、一通り書類に目を通すと頬にかかった横髪を耳にかけながら側近に問いかける。 「シダナ、そろそろ時間か?」 「そうですね……少し早いですが、早すぎることはありません」  懐中時計を取り出しながら淡々と答えるシダナに、アルビスは「なら向かうか」と呟き、席を立とうとした。けれど、  ──ガチャ、バンッ!  ノックもなく扉が乱暴に開け放たれて、ここにいた全員が鋭い視線をそこに向けた。シダナとヴァーリは無意識に、剣に手をかける。  けれど部屋に踏み込んできた人物を見て、一同目を丸くした。  ものすごい剣幕で登場したのは、アルビスの妻カレンだった。  不機嫌さを全面に押し出しているカレンを見て、アルビスの背筋がしゃんと伸びる。 (意味もなくカレンがここに来ることはない)  自分……もしくは側近のどちらかに、物申したいことがあるのだろう。  至極冷静にアルビスはそう判断した。
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