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4.
『7月19日20時、日比谷公園にて。秘密で直接伝えたいことがあります。』
正孝は未来人からのメッセージを受け取った。未来会議の誰にも知られないようにこっそりとそれを抜き出し、ポケットにしまう。正孝は薄々勘づいていた。未来人としてやり取りしているのは恐らく20年後の正孝自身なのだと。自分が直接伝えたいことがあるというのだから、それは正孝にとって重要なことなのだろうと思った。
『つきました。話というのは何でしょうか。』
正孝は水色の付箋にボールペンで書いたものを丸めて木陰の地面に埋めた。
『ありがとう。私にはあなたがメッセージに答えてくれると信じていました。据わりが悪いので、先に伝えてしまうのだけれど、未来人としてメッセージを送っている私は20年後の翔馬です。』
なんだ、翔馬だったのか。正孝は少し驚いたが、しかし同時に何だか嬉しい気がした。未来の息子と話が出来るというのは明るい気持ちになるものらしい。
『そうか。でも何故今更それを?』
『折り入って、お礼の気持ちを伝えたかったのです。』
正孝の古いPCは機械音で翔馬の言葉を発していた。大人になった翔馬の声はどんなだろうと正孝は想像しながら、息子の話を聞いた。
同様に確からしい世界が無限に存在するということ。未来は決まっているが、その未来がどの世界のものであるかは確率的にしか把握出来ないということ。どれも正孝にとっては興味深いことであったが、それにも勝って翔馬の未来の方が気になるのは親心というものだろうか。
『父さんの日記を読みました。父さんがやり取りしていた世界の未来は、私は幼い頃に事故で死んでしまう世界だったそうです。ワームホールで繋がった世界は似通っていると伝えましたが、私の世界では逆に父さんが私の命を救って亡くなってしまいました。だからこうして私は父さんの代わりに過去とやり取りをしています。』
そうだったのかと正孝は日比谷公園の夜空を仰いだ。翔馬が死んで、正孝が生きる未来。正孝が死んで、翔馬が生きる未来。あるいは共に生きる未来もあるのかもしれない。今、正孝が生きている世界は果たしてどれだろうか。
いずれにしても、今現に正孝が通信をしている世界では翔馬は生きているのだ。そんな世界があるということだけでも、正孝は救われる気がした。未来はちゃんと繋がっている。
『父さん。本当にありがとう。それから一つだけ。首都高の照明は20年後もオレンジ色でした。』
そこでメッセージは途切れてしまった。ああそんな話をしたことがあったっけと正孝は思った。未来は由紀の期待した通りになったようだ。
「ベントラ、ベントラ、スペースピィープル。」
懐かしい呪文を唱えながら、正孝は日比谷公園の砂を蹴って歩き出した。早く帰って由紀と翔馬の寝顔を見たいと思った。
了
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