ヒヨドリ

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台風の夜、自宅前の細い路地に小さな鳥が佇んでいた。 雨はほとんど降らずに風ももう止んでいて、私は大したことなくて良かったなと考えていた。 その鳥は私が近づいても逃げようとせず、視線を動かすだけだったので、怪我をして動けないのかと思ったが、見たところ傷などはなかった。 私は気になったので、しゃがんでその鳥を眺めた。 なんの気無しに掴もうと手を伸ばしたら、小鳥はぴょんぴょんとジャンプをして距離を取った。 どうやら、飛べないようだ。 やっぱり怪我をしてるのかなと思いつつ、私は目の前の自宅へ入った。 家族に鳥のことを話して、せめて餌をあげようということになって、お米と野菜の皮を細かくしたものを持っていった。 すると、小鳥は目を細めて感謝の表情したように私には見えた。 それから暫くして、様子を見に行ってみると、小鳥は自宅の塀の出っ張りに乗っかって丸くなって眠っていた。 保護することも検討したが、小鳥が飛べるようになる前に巣から落ちてしまうことがあるらしく、その時に人間の臭いが付いてしまうと母鳥が近寄らなくなってしまうそうだ。 早朝、明るくなってから家を出ると、小鳥は昨夜と同じ場所にうずくまっていたが、私が近寄るとバサバサと不器用に短い距離を飛んで、路地の向かいフェンスの隙間に入った。 側の樹上には尾羽が長い鳥が数匹いて、私に向かって威嚇するようにやかましく鳴いていた。 後で調べたところ、その鳥はヒヨドリという種類で、道に落ちていた小鳥はその雛だった。 親鳥が近くにいるということが分かり、私と家族は安心した。 それから二日ほど、雛鳥とそれを見守る親鳥の姿を何度か見かけた。 少し離れた敷地の大きな木陰で仲良く並んでいたり、親鳥が餌を取りに行っているのか、雛鳥だけの時もあった。 そして昨日の朝、夜中の雷雨の影響で、自宅前の路地が川のようになっていた。 私は仕事へ向かうため、路地を苦闘しながら渡りつつ、小鳥の姿を探したが見当たらなかった。 きっと近くの建物の屋根の下に避難したのだろうと考えて、すでに電車を一本逃していたため私は駅へと急いだ。 夕方に帰宅する頃には雨も止んでいて、路地もいつもどおりの状態に戻っていた。 歩いて周囲を探したが、小鳥は見つからなかった。 翌日の土曜日、私は自宅を出た際に、自然と気になっていた小鳥の姿を探した。 すると、フェンスの向こうのマンションの敷地に小さな白い物が落ちていて、蟻が集まっているのが見えた。 嫌な予感がして、ぐるっとマンションを回って敷地に入り、それに近寄った。 かつては砂場として使われていたと思われるコンクリートで縁取られた正方形の空間の隅に、雛鳥の死骸が転がっていた。 私は、餌をあげた時の雛鳥の表情と、樹上の親鳥を見上げる様子、仲良く並んでいる姿を思い浮かべた。 雷雨の日、もっとしっかり探してあげたら死なずに済んだかもしれないと後悔した。 しかし、きっと避けようのない運命だったのだとは思う。 私はシャベルで穴を掘って、死骸を埋めてから、来世では幸せになりますようにと祈った。 小さな出会いをありがとう。
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