3.そもそも僕たちは

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 二度もキスを交わした間柄とはいえ、僕と小野寺さんが学校で会話することなんてほとんどない。  小野寺さんはいつも仲の良い須田さんら女の子三人組と一緒にいるし、僕もまた、三、四人の固定メンバーで学校での時間のほとんどを過ごしている。  中には公然としたカップルや仲の良い男女グループもあって、休み時間の度に教室の後ろでわーきゃー騒いでいるような連中もいるけれど、僕たちはそういうグループとは無縁の立場だった。  僕は人知れず小野寺さんを盗み見るぐらいが関の山で、小野寺さんもまた、僕になにか特別なサインを見せてくれるようなことはなかった。僕たちはこれまで同様に、同じクラスだけれど一定の距離がある異性としての立場を貫き続けた。  不意に彼女の視線を感じるような気がする時もなくはなかったけれど、振り向いたからといって小野寺さんと視線がぶつかるようなこともなく――多分見られていたという感覚も彼女で頭がいっぱいの僕が抱いた勘違いでしかなくて、その証拠に、僕がどんなに彼女を盗み見たとしても、彼女が僕のほうを振り向いてくれることなんてなかった。  僕は、焦っていた。  先週の火曜日――三度目のキスを拒絶されてから六日が過ぎ、土日の休みを挟んだというのに小野寺さんからの返事は何もなかった。ついでに「おやすみ」のメッセージすらなくなってしまった。僕たちのメッセージの履歴を示すタイムラインは、僕の「ごめん」の三文字を最後にぱったりと途絶えたままだった。  僕たちはあの日以来、突然ただのクラスメートに戻ってしまったのである。  小野寺さんの気持ちを確かめたい思いは日増しに強くなったけれど、その方法が見つからなかった。せめてメッセージに返信してくれればいいのだけど、それすらないのだから。  毎晩、もう一度メッセージを送りたい欲求と戦った。でもその度に「小野寺さんの両親に知られるんじゃないか」「しつこいと思われるんじゃないか」と不安がこみ上げて、結局送れずじまいだった。  なんとかして二人で直接話す機会を得たいと、手紙を書いて校内のどこか人気のない場所に来てもらおうかとも思ったけど、そんな場所に呼び出すこと自体のリスクが大きすぎて現実味に欠けた。そもそも中学校という集団生活の中で、誰にも知られずに彼女に何かを渡す、接触するということ自体が不可能だった。  かくなる上は下校中に通学路を先回りして小野寺さんを待ち伏せすることも考えないではなかったけれど、そんなストーカー紛いの行動に出る勇気も持てなかった。ましてやそんなところを誰かに見られでもしたら、なおさら彼女を苦しめることになってしまう。  こうしてまるっきり、出会う前のような状況に戻ってしまうと、僕はどうにも耐え難い不安に襲われた。  これまでコツコツと二人で積み上げてきたものが呆気なく砂塵と化したようで、そもそもそこにあったことすら疑わしく思えて来る。全ては虚像で、僕たち二人の間には最初から何かを作り出すことなんてできなかったのだと、魔法が解けたような脱力感に襲われる。  そもそも僕たちは、付き合っていると言えるのだろうか。
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