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「ちょっと強いね」
ぼくの言葉に、小野寺さんは無言で相槌を打つ。
僕たちはそのままちょっとの間、黙って雨を眺め続けた。
僕と小野寺さんの家は全くの別方向だ。正門を出たら右と左に別れ、あとはもうそれぞれ家に帰るだけ。僕はほんの少しでも小野寺さんと一緒にいたくて、その一歩が踏み出せずにいた。
隣で立ち尽くす小野寺さんも、きっと同じ気持ちだったんだろうと思う。
小野寺さんも、一緒にいたいと思ってくれてるんだ。
そう思うと、胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。
小野寺さんのほうを向くと、小野寺さんもまた、僕を見ていた。僕よりも頭一つ分低い位置から、少しだけ上目遣いの目がのぞく。
放課後、ずっと同じ図書室にいたというのに、途切れ途切れだったけどちょっとだけ言葉も交わしていたはずなのに、こんなに近くで小野寺さんの顔を見るのは今日初めてだった。いや、もう何日もこうして見つめ合ったことなんてなかった。
三週間前に、二度目のキスを交わしたあの時以来だ。
その時の想い出が蘇って、背中にゾクリと電流が走った。向かい合った傘はちょうど三角形の空間を作り出していて、まるで僕たちだけが周囲から隔絶されたようにも感じた。
いや、もうちょっと。あともう少しだけ僕と小野寺さんが近づけば、きっと傘の死角になって誰からも見えない。今なら周りに誰もいない。
僕は一歩だけ、小野寺さんとの間の距離を詰めた。互いの傘がぶつかって、突っ張るのがわかった。小野寺さんはビクッと小動物のように肩を震わせた。
「小野寺さん」
二本の傘が作り出す目隠しがギュッと密度を増す。
小野寺さんの頭は僕の顎のあたりにあった。久しくない近い距離に、彼女の息遣いさえ感じられるような気がする。
大丈夫。
ほんの一瞬のことだ。
僕の唇と彼女の唇を、ほんの一瞬触れ合わせるだけ。
誰にも見られない。
気づかれっこない。
小野寺さんの頭の高さに合わせようと膝を折りかけたその時――ドンっと胸のあたりに強い衝撃が走った。よろめきそうになるのを咄嗟に堪えた僕が見たのは、大きく目を見開く小野寺さんの怯えたような表情だった。
しかしそれも一瞬のことで、僕が我に返った時には小野寺さんの姿は消えていた。
いつの間にか傘を手放してしまっていた僕の頬を、容赦なく冬の雨が打つ。僕は傘に手を伸ばすこともできないまま、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
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