2.ガラス一枚分だけ

1/3
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ

2.ガラス一枚分だけ

 僕は小野寺さんの横顔が好きだ。  もちろん正面から見た小野寺さんも好きだ。もっと言えばどの角度から見たとしても、僕は小野寺さんのことが大好きなのだと思う。  人間誰しも恋をすることがあって、これまでの十四年間の中で僕も少なからずそんな経験をしてきた。初めて人を好きになったと意識したのは幼稚園の年長組の時だったし、その後も学校に上がったり、クラスが変わったりするたびに、恋愛対象は変わってきた。  環境が変わるたびに意識する相手が変わるという僕の恋愛遍歴が、他人と比べて多いのか少ないのかはわからないけれど、あながちそう変わったものでもないのだろうとは思う。  多分僕は、ごくごく人並みの恋を繰り返して来たのだ。  そうして恋を重ねるにつけ、気づいたのはなんとなく「あ、この人のことが好きなのかもしれない」と自覚するタイミングというのが絶対にあるということだった。朝学校に行って、時間割通り授業を受けて、放課後に部活動や委員会活動をこなして――という同じような毎日を繰り返す中で、不意に自分じゃない誰かが照明のスイッチを切り替えたみたいに、僕の胸でカチリと音を立ててあかりが灯る。  僕にとって小野寺さんのそれは、何度目かの図書委員の際に図書室の閲覧テーブルで小野寺さんの横顔を至近距離から見た瞬間だったから、やっぱり小野寺さんの中でも横顔のアングルというのは僕にとって特別なものなのだと思う。  僕と小野寺さんは同じクラスだ。ニ年一組。小野寺さんの席は窓際の前から二番目。僕は真ん中の列の後ろから二番目。今のこの席順だと、無理して見ようとせずともなんとなく外を眺めるような気軽さで、僕は小野寺さんの横顔を見ることができる。もちろん、夢中になって見入ってしまうような軽率な行動によって、他のクラスメートに二人の関係を悟られるような事態は避けなければならないのだけれど。  小野寺さんはいつだって真面目に授業を聞いて、丹念にノートをとる。何度かノートを見せてもらったことがあるけれど、六ミリメートル罫線に三ミリメートルぐらいの細やかさで、図書カードに書かれる「小野寺」のサインと同じ控えめな文字が並んでいた。文字は小さいけど沢山の色や太さの線で色とりどりに塗り分けられていて、小野寺さんのノートはとても見やすく綺麗だった。  ああして小野寺さんのノートに丹念に文字が書き込まれていくのだと思うと、そのノートはもちろん、小野寺さんが使うシャープペンすら愛おしく感じてしまう。あんな風に小野寺さんに大事に使ってもらえるシャープペンに嫉妬に近い思いさえ生まれる。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!