2.ガラス一枚分だけ

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 僕のペンケースの中には、青色の軸のボールペンが入っている。僕の誕生日の時に、小野寺さんがプレゼントしてくれたものだ。僕はそのボールペンをペンケースに入れて持ち歩いていて、でも一度も使えずにずっとしまったままにしている。僕にとって小野寺さんから貰ったボールペンはお守りのようなもので、実際に線をひくために使っていいような代物ではない。  それは僕にとって生まれて初めて異性から貰った誕生日プレゼントでもあり、僕と小野寺さんにとって大事な日を象徴する記念品でもあるからだ。  僕たちが初めてキスをしたのは、そのボールペンをくれた時だった。 誕生日のその日、小野寺さんは放課後一度家に帰った後でわざわざ僕に会いに来てくれて、待ち合わせした先の公園で「おめでとう」の言葉とボールペンをプレゼントしてくれた。そしてその後、僕は彼女からファーストキスという生涯忘れることのできない経験までもらってしまったのだ。  あの時は人目をはばかりながら一瞬だけ、ただ唇を押し当てたような状況で、小野寺さんの髪が唇と唇の間に挟まってしまったから、二人で顔を真っ赤にして猛烈に照れながら、笑い合ったのを覚えている。  きっとその時の反省なのだろうけど、二回目のキスの時には、小野寺さんは髪の毛を耳にかけた。さりげない仕草だったけれど、後から考えてみればあれはまた僕が失敗しないようにと、彼女が見せてくれた気遣いだったのかもしれない。  授業中も邪魔になるのか、小野寺さんは時々髪の毛を耳にかける仕草を見せる。その度に、僕の胸はドクンと高鳴ってしまう。陽の光に照らされる彼女の小さな唇に、釘付けになってしまいそうになる。  僕はつい、小野寺さんの唇の感触を思い出して自分の唇に手をやってしまう。小野寺さんの代わりに、青色の軸のボールペンを唇に押し当ててしまう。  一度目も、二度目も。小野寺さんは恥じらいながらも僕の唇を受け入れてくれた。それなのに。  やっぱり学校で、昇降口でというシチュエーションは失敗だった。仮に周囲に誰もいなかったにせよ。傘でうまく隠したつもりだったとしても、だ。後から考えてみればどうしてあんなに不用意で、迂闊で、大胆な行動を起こしてしまったのかと自責の念に苛まれるばかりだ。あの行為が小野寺さんを不快にさせたのは疑う余地もない。  昨日、帰宅してから送ったメッセージには、返事がなかった。  既読マークすらついていなかったけど、きっと内容は届いているとは思う。僕が送ったのは「ごめん」の三文字だけだったから。  僕たちは普段からメッセージアプリのやり取りもほとんどしない。基本的には夜の「おやすみ」の挨拶ぐらいだ。小野寺さんの家は厳しくて、せっかくのスマートフォンも使えるのは夕食後から夜二十一時までのほんの短い間だけ。しかも内容は全て親が確認できるよう設定されているから、あまり細かいやり取りはできなかった。男子から頻繁にメッセージが届いて、小野寺さんの両親に疑われたりしたら、困るのは誰よりも小野寺さんなのだから。
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