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僕たちの関係は、クラスメートはもちろん、お互いの両親にだって内緒だった。
だからたった「ごめん」の三文字ですら、思い悩んだ末に勇気を出してやっと送信ボタンを押したような有様だった。もし彼女の両親が気づき、「学校で何かあったの?」なんて聞かれたら彼女は困るだろう。そういう事態に備えて、メッセージアプリの名前は本名ではなく匿名のアカウントを使っていたから、小野寺さんの両親は僕の性別すらわからないだろうが、毎晩のように「おやすみ」の挨拶を交わし合うこいつは一体どこの誰だ、と疑惑を抱かれてしまうかもしれない。
小野寺さんは、僕のメッセージを読んでくれただろうか。両親に気づかれて気まずい思いをしたりはしていないだろうか。それすらも確認する術はない。
僕はこうして、彼女自身をも含めた誰にも気づかれないように、こっそりと小野寺さんの横顔を見守り続けることしかできなかった。
そして週に一度の図書委員の日でもない限り、学校が終われば僕たちは離れ離れ。互いに言葉を交わすこともなく、今日という一日が終わってしまう。
家に帰ってからも僕は、メッセージアプリの上に何度も何度も文字を書いては消してを繰り返し、結局送れずに途方に暮れた。
小野寺さんからの返事が、電波障害やアプリの不具合で目には見えないどこかに詰まっているんじゃないかと、何度もスマートフォンを再起動してみたりする。でも何度確認したところで、僕たちのタイムラインは既読マークすらつかない「ごめん」を最後に止まっていた。
僕はやっぱり、嫌われてしまったのだろうか。
もう僕は、小野寺さんと話すこともできないのだろうか。
今すぐにでも小野寺さんの家まで駆けだしたい気持ちをぐっと抑えて、僕は部屋の窓を開けた。乾燥した冷たい空気が奔流のように部屋に流れ込み、熱を帯びた僕の頭を急激に冷やしていく。でもどんなに身体の熱が奪われようと、胸の中で肥大化した熱い塊はズキズキと僕の心を押し潰しそうとしてやまないのだった。
それでも窓を開けたら、ガラス一枚分だけでも小野寺さんに近づける気がした。
僕が感じているのと同じ風を、小野寺さんも感じてくれていたならいいのに。
そう願う気持ちとは裏腹に、僕を拒絶するかのように、窓をピシャリと締め切った部屋で一人、膝を抱える小野寺さんの姿が浮かんでは消えていった。
僕は小野寺さんに貰った青いボールペンを唇に押し当て、深くため息をつく。
決して届くはずのない想いを象徴するように、僕の吐いた白い息は夜の闇の中へはかなく溶けて消えていった。
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