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私には、子供の頃、架空の友達がいた。
ハナちゃんと言う名前だったらしい。
まだ3歳くらいの頃だ。
らしい、と言うのは、そう母が言ったからだ。
「お前はいつも、空想の女の子と遊んでいてね。ハナちゃんとか言ったからしら。」
懐かしそうに母はそう言った。
実は、ハナちゃんのことは、おぼろげではあるが、覚えている。おかっぱの髪の女の子で、なぜか、いつも赤い長靴を履いていた。
いつでも、どこでも一緒だったけれど、誰かがいるときは、絶対に現れてくれなかった女の子だ。
名前は、母に思い出させてもらえるまで、すっかり忘れていた。
私とハナちゃんは、二人で土遊びするのが一番楽しかった。
他の友達たちと一緒にいるよりも、ハナちゃんと一緒にいることの方が、楽しかった。
ぼんやり覚えているハナちゃんは、少し、他のお友達と違っていることは朧げに覚えていた。
私は、ハナちゃんと話しているところを、大人に見られるのがとても嫌だった事を覚えている。ハナちゃんが、この世の物でない事は、本能的に知っていた。そして、大人たちにそれを知られては、いけない気がしていたのだ。
私たち二人の世界があった。
二人の世界で、私はとても幸せだった。
ハナちゃんは、お菓子を食べないし、家にも帰らないでいい。年も取らない。
家族もいない。ただ、私と遊んでいるだけなのだ。
私はとても羨ましくなって、私もハナちゃんのところに行きたいとせがんだことがある。ハナちゃんは首を振って、私とハナちゃんは、違う場所にいると言う様な事を、言った気がする。
一つ上の兄は、ハナちゃんを嫌っていたのを覚えている。
ハナちゃんがいるのを知ってるけれど、いつも、鼻先でふん、と言って、一緒に遊ぼうとは決してしなかった。
そして。
「ハナちゃんなんて、本当にはいないじゃないか!」
と、子供特有の残酷さで、言い放ったことがある。
その時、普段大人しい私は、手が付けられないほど暴れたと言う。
いつ、私はハナちゃんと遊ばなくなったのか、もう覚えてはいない。
成長を重ねた私は、気がつくと、現実のお友達との時間の方が忙しくて、私の心はハナちゃんにむけることは、なくなっていた。
私は大人になり、恋をし、大好きな人と、結ばれた。
一人の娘を産んで、私は、母となった。
娘はスクスク大きくなって、3歳になった。
ある日、私は娘が、何か独り言を話しているのを耳にした。
どうやら空想のお友達を相手に、人形遊びをしている様子だった。
「めぐちゃん、誰とお話ししているの?」
大好きなアニメのキャラクターのぬいぐるみの名前が出てくるだろうと、思っていた時だ。
娘は、まだ辿々しい言葉で、こう言った。
「ハナちゃんと、遊んでるの」
私は、雷が落ちた様な衝撃を受けた。
そして、あの赤い長靴を履いた、私の大切な友達を思った。
胸の動機の治らない胸を、なんとか納めて、ようやく平静を保つと、娘にゆっくり聞いていた。
「。。そう、ハナちゃんは、どんな子なの?どんな格好しているの?」
「んーとね、赤い雨の日の靴を、履いてるの。」
そうして娘は、私を振り向く事なく、空間に向かって人形遊びを続けた。
私は、溢れる涙を止めることはできなかった。数十年の時を経て、ハナちゃんは、私の娘の、お友達になってくれていた。のだ。
ハナちゃん。私の大切な、ハナちゃん。
私の目には、もう、見えない、ハナちゃん。
娘とハナちゃんの友情は、一年ほど続いただろうか。
やがて娘は成長して、現実のお友達との時間が楽しくなったのだろうか、ハナちゃんと過ごす時間はどんどん短くなり、やがて、ハナちゃんのことはすっかりと忘れていった。
ハナちゃんが、何者であったのか、私は知らない。
ただ、私とお友達になってなってくれた、あの赤い長靴の女の子が、あの日の姿と変わらず、年も取らずに、こうして私の娘の前にも現れてくれた事に、私はただ、人生の不思議と、そして喜びを思うのだ。
やがて娘が、また子供を授かる日がやってくるだろうか。
その時に、ハナちゃんは、またやってきてくれるだろうか。
赤い長靴を見ると、ハナちゃんを思い出す。
永遠の、私の、友達の事を。
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