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「本当はいるんでしょ。好きな人」
「好きっていうわけじゃないけど……。こう憧れというか」
「いいじゃん、教えてよ」
「ははは……」
私は勢いよく前のめりになる。恵子とこういう話ができるなんて、本当新鮮。
「美術部の先輩なんだけどさ。本当にたま~に来るの。一、二週間に一度くらいの頻度で」
「ほう」
「いつも気だるげで、仕方ないなって感じで絵を描くんだけど、その絵がすごく生き生きとしてて」
「……もしかして、前に話してた宝石の絵を描いてた先輩って、その人?」
「……そうだよ」
包み隠さず、ズバッと言う。
「なんか、学校にもちゃんと来てないらしくって。部活中もよく窓の外見てボーっとしてることが多いんだけど。でも、絵はすごくうまいんだ」
「へぇ」
「……で、でも、その人彼女いるらしいから、恋人になりたいというよりか、憧れのかっこいい人って感じだけどね」
「え~! 気になってるならアタックしなよ。恵子ならいけるって」
「いやいや、彼女持ちにアタックするほどメンタル強くないし、憧れのままでいいというか……」
「え~。まぁ恵子にその気がないなら仕方ないけどさ」
「うん。これからも、たま~に部活で見かけて、かっこいいなって心の中で思うだけでいいんだよね」
「で、その人、何て名前の人なの?」
「それが、わかんないんだよね。名札、いつもつけてないし。たまに、ふら~って現れて、誰と話すわけでもなく絵だけ描いて、またふわ~っていなくなっちゃうから」
「え。名前もわかんない人なのに、なんで彼女いるってわかったの?」
「……カバンに、すっごい可愛いクマのマスコットつけててさ。あれ絶対、彼女さんとお揃いだよ」
「え~。それこそ思い込みじゃん。そういう趣味なだけかもよ」
「いや~、違うと思う。あれは絶対彼女さんからもらったか、お揃いのやつだって」
「え~」
「とにかく、両想いになりたいだとか、そういう気持ちはないから!」
「……そ、そう」
そんな風に強く言われると、「アタックしなよ」とニヤつくこともできない。
まぁ、恵子の気持ちが一番大事だし、本人にその気がないなら仕方ない。
「舞は私のことなんかより、自分の恋愛に力をいれなよ。もっと自分に自信を持って、積極的になりな!」
「ちょっと何その言い方~。私だって、頑張ってます~」
「さっきまで『私なんか~』って言ってたくせに」
「何よ~」
途端におかしくなって、プッと吹きだして、わははと笑い合った。
風が入り込んで、カーテンがふわりと舞い上がった。
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