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あれは先週の蒸し暑い夜のことだった。
俺はいつも通り、4丁目の通りをうろついてたたんだ。
時間が時間だ、道を歩いてる奴なんてまずいない。
だが、ふと気づくと俺の前を知らない男が歩いてたんだ。
片手にコンビニの袋、ローブランドのYシャツとパンツ。街灯の灯りじゃよくは見えなかったが、どこにでもいる若いやつだった。
狭い歩道だ、すぐ後ろに追い付く。
俺は男の背中に、なあ、って声をかけた。
「…………」
男は答えない。スマホを見てる訳でもない。音楽を聴いてる様子もない。顔を伏せたまますたすたと歩き続ける。
俺はむっとして、ちょっと強めに声をかけた。
なあ、お前だよ。なあってば。
「…………」
それから結構話しかけたんだけど、男は顔を上げる様子もない。さすがにカッチーンときて、無視すんな、って言おうとしたんだ。
「問答無用物理パンチを知っているか」
えっ? と思ったよ。
男は振り向かないまま、「これは独り言だが」と言って続ける。
「『相手が何者でも』『どんな理由があろうと』、問答無用にぶっ飛ばして無力化するパンチだ。このパンチはこれを知っている相手には必ず当たる。数メートル離れても、横にずれても無駄だ。『問答無用』の前では理論は意味をなさない。そうやって言い伝えられてきた言葉の力を、『君たち』はよく知っているはずだ。さて、おれはこれから振り向いて問答無用物理パンチを放つ。さあ行くぜ。3、2、1」
「ーーーーって思いきりぶっ飛ばされたんだけどなんだあいつ」
「ああそりゃ最近やってきた退魔師だよ。根っからのビビリらしくて話し合いの余地もないんだ」
「わしらはちょっと生きてる奴らをからかってるだけなのにのう」
「おい待て待てそんな話、共有してんじゃないよ!! 俺たちにもパンチが当たっちまうだろ!」
出ると噂の廃墟にて。
半分透けた人影たちがため息をつき合う。
――――ホラーも本番のこの季節、いつも心に『問答無用物理パンチ』を。
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