人形哀歌

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「人を殺すのは、いけないことだよ。自分がされて嫌なことはしちゃいけないって、先生言ってたよ。人の立場になって考えなさいって、人の気持ちを考えなさいって。それができるから、ロワは人を殺せないんでしょ。それはロワが優しいってことだよ。何もいけないことじゃないよ。それってロワは人形だけど、心が人間だからってことじゃないのかな。違うのかな」  人間と、人形の違いはなんだろう。  それが生きているかどうか、であるというのなら。機械とはいえ心を持ち、こうして苦悩している彼はどうして生きていないなどと言えるのか。  後に私は思うのだ。  彼は確かに、此処で生きていたと。  この夕焼けの迫る公園で、私の大切な友達は――この場所で確かに息をしていたのだと。  例えその存在価値を、存在理由を、創造主たる何者かに否定されたのだとしても。 「……ありがとう」  彼は。私の胸に縋って、そう告げたのだった。 「ほんの少しだけ。あと少しだけ……こうしていても、いいかな」  彼がこの公園に現れなくなったのは、ほんの数日後のこと。  電池が切れて自爆するところを、私に見せたくなかったのだろうと察した。私は彼が来ない公園で、一人泣き続けた。もし私達が共に人間だったなら、このような悲劇はなかった。けれどもしそうだったなら、私達は遠い国同士、出逢うこともなかったのだろうかと思いながら。  本当は、どこかで薄々気づいていたこと。  彼は私が一人で遊んでいる時にしか、姿を現さなかった。そして、最初に出逢った日、気づいて声をかけたのも私の方からだ。  恐らく彼が命じられていた“最後のミッション”は、誰でもいいからこの国の人間を殺すこと。  簡単に殺せそうな幼い女の子である私に目をつけて、ずっと観察していたのだろう。でもいざとなった時結局実行することができなくて、最終的に私の友達になってしまったのではなかろうか。  何年か後。某国が殺人人形を開発していて摘発された、日本にも送り込んでいた、そんなニュースが流れて私は全てを理解した。人形になりきれなかった彼が、どれほど異端児として手酷く扱われたのだろうかということも。 ――ねえ、私の友達(ロワ)。  あの日、あの時。私が言った言葉は、少しでも彼の救いになっただろうか。 ――貴方は確かに生きていた。……私は絶対に、忘れたりなんかしないからね。  私は今もあの夕焼けの中、一人貴方を想い続けている。
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