人形哀歌

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 彼は細身に見えたし、体格だって少年相当だ。ちゃんと並べて比較していないけれど、学校の男の先生などと比べたら全然背だって小さいだろう。それでも、いくら幼女とはいえブランコから飛び出した私を綺麗にキャッチしてみせたのだ。凄い技術と身体能力を持っている、のは子供心にも明らかだった。 「危ないことしないでくれよ。君が怪我をしたら……君のために頑張って仕事してる、お母さんが気の毒だ」  まあ、そんな大人のような説教をしてきたことは、少々頂けなかったが。私は納得がいかず、ぷくーっと頬を膨らませて反抗したのだった。  彼は何処から来て、何処に行くのか。ロワ、という名前が現代日本の、日本人の名前としてありふれたものでないのは明白である。何より彼は、苗字をけして名乗らない。何か特別な存在ではないのか?やっぱり本物の王子様なのでは?そんな疑念を子供の私が抱くのも無理からぬことであっただろう。 「王子様は、本当に王子様?きっと、特別な人なんだよね?日本人じゃないんだよね?」  何度目かの逢瀬の時、私は彼にそう尋ねた。すると彼は肩をすくめて――。 「海外から来たのは確かだが、特別な人というのは語弊がある」 「ごへい?」 「間違ってる、ということだ。……私は人間ではないのだよ」  おいで、とベンチに座るように促され。私の隣に座ったところで彼は、自分に左手首に手をかけた。そして、かぽっとその手首を引っこ抜いてしまったのである。  私は眼がまんまるになった。血も出ない、骨も飛び出さない、その形状には非常に覚えがある。私が家で持っているミカちゃん人形のパーツと、そっくり同じであったからだ。 「人形なのだ、私は。電池で動いている」  もし彼が手首を外して見せてくれなかったら、私は信じることができなかっただろう。ほんとう?と私は驚いて、改めて彼の顔をまじまじと見た。 「見えない。普通のお兄さんに見えるよ?」 「そうだろうとも。人間そっくり見えるように、とても精巧に作られているからね。私達は人間のフリをして、人間に紛れて仕事をする人形。ただし、電池で動いているから電池が切れてしまうと動けなくなるし……完全な電池切れになったら、証拠隠滅の為同時に自爆装置が発動するようになっている。私の意思……AIが搭載されたコンピューターも木端微塵になって、私は死ぬというわけだ」 「え、え?どういうこと?」 「つまり、電池が切れてしまったら、私は死ぬということさ」  多分。その話を私にするべきはしないべきか、彼はギリギリまで迷っていたのだろう。やや遠い目をして、告げた言葉は。 「今の私に、電池に充電をしてくれる人はいない。だから私は、もうじき死ぬ」  幼い私でもわかる、とても残酷なものだった。彼が人形だったということも驚きだが、正直それはどうでもいいと言えばどうでもいい。幼い私にとっては、人間だろうと人形だろうと、生きて話ができて一緒に遊べるなら等しく友達であったからである。
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