太古のアレ

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太古のアレ

 やがて来た開口の時。   「ありがとうございます」  一心は天井を見て言った。 「こ、こちらこそ」 「なぜアレを?」 「昔、映画で観ました。看護士と軍人さんのやつ」 (江戸川乱歩かな?) 一心と天使は微妙にすれ違った。 「もう忘れてよ、初めてだったから、見るのもするのも」 「はぁ」  一心は生返事をしたが体が漲った。 「おかげでなんだか元気になりました」 「どうせまたいかがわしい女のことばかり考えてたんでしょ」  二人はまたすれ違った。 若い男女なら仕方ない。出会うて間も無くなら尚更だ。  「そうですね、でもあの夕立のおかげで体の穢れも洗い流せたような気がします、どうもありがとう。あなたは命の恩人です」 「ふ、普通なら孤独死してたに違いないんだからね」    天使は頬を赤らめながら、自分が漫画かなんかでよく見るような定型句を口走ってしまったことに気がついて頬を赤らめた。  「そういえばあなたどこかで?」 「あーね、だと思った、あなたってば絶対私のこと視界に入ってないと思ってた、ホラ、冬、駐輪場で自転車のチェーンにマフラー引っ掛かってもがいてた女」 「はぁ」 一心は生返事した。本当に忘れてしまったのだ。 「やっぱり、ちゃんと自己紹介してお隣ですって名刺まで渡したでしょ?」  「ああ黒髪、マフラー、タイトスカート青ぱんつ、思い出しました」 「余計なことだけ覚えててこれだから男は」 「せくしーさん?」 「瀬々串(せせくし)です。瀬々串まりん」 「マリンブルーかぁ綺麗だなぁ」 「バッカス」 天使、もとい瀬々串まりんが思わず投げたものはDVDプレイヤーのリモコンだった。  どこかでピッ、ウィーンと電子と機械の音がする。 「そういえばバルコニーの、アレ、アレなんだっけ?」 「バルコニー?アレ?」 「バルコニーったらバルコニーでしょ」 瀬々串まりんは外を指差して言った。 一心はまだ立ち上がれない 「ああ、ベランダですね、ん?」 「え?」 「だからベランダの方ですよね」 「いやバルコニー」 「ん?アレ?」 「ベランダかバルコニーかはどっちでもいいの、大事なのはアレよアレ」  多分二人はマンションのベランダとベランダを遮る隔て板のことを言っているのだがまたもすれ違った。 若い男女なら仕方がない。  そうこうしているうちになぜか男女の激しい喘ぎ声が聴こえた。 二人は同時に目を丸くしてモニターを観た。成人向けのDVD映画が始まっている。 「ああ、これだこないだ聴こえたやつ、現実の女じゃなかったんだ」 瀬々串まりんは呆れたような安心したような嬉しそうに胸を弾ませていた。 一心はここぞとばかりに 「丁度良かった。これ太古の昔から続く男女の教科書ですよ」  それから二人は大人しく教科書に倣った。    夕立晴れて夏風邪引き。                
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