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叡智なアレ
俺は美女がこの手に欲しい。
竜ヶ水一心(りゅうがみずいっしん)はその身の丈に合わない遥かな野望を抱いていた。
鹿児島生まれの鹿児島育ち。
男と逃げた容姿だけは美しかった心の汚い母親の血を受けた割には一心自身の外見はパッとしないものだった。
身長は168cmで体重55kg。
もし性別が男でなければ人から羨ましがられるに違いない背格好である。
目・鼻・口・顎や頬骨の輪郭等は一応整ってはいる。
昔高校のクラスメートの女子から
「竜ヶ水!おはんは顔のパーツ一つ一つはよか二才(にせ)なんよね~、惜しかねぇ残念やっど~。勉強もイマイチやし彼氏候補としてはアウトオブ眼中よ。ここで一句。
『かごんま(鹿児島)は旦那にするならこ~むいん♪』ぎゃはは」
と男児としても薩摩隼人としても屈辱的な品定めをされた過去があった。
モテない男ほどこういった異性から記憶は覚えている悲しい性。
二十代後半になってもまだそんな些細な異性との会話を大事にしている。
一心本人は自覚していないが嬉しかったのだろう。
その夜、ムラムラした一心は成人向けのDVDを視聴した。
こういった映像にはその道専門の女優
いわゆるセクシー女優が世の男性の為にその大切な役目を請け負うが、一心が集めていた女優の顔立ちは皆似ていた。
我が子を捨て男と逃げた母親とである。
異常なほど整った顔立ちと妙な肌の白さと、一部のたわわな弾力。
これは人間の雄の需要に応えんとする人間の雌の容貌、かつ人間の科学技術の粋である。
少なくとも一心の母親は天然物だった。
非現実の箱の中から現実の外へ女優さんの喘ぎ声が文字通り漏れだす中、不気味なくらい生真面目に観賞する雄。
自分事なら自然の摂理とも言い様はあるが、他人事ならご乱心とも言える。
人類の叡智ここに極まる。
世の男が何故か他の男に抱かれる女の様を眺めて悦に入るよう、一心も文字通り夢中になっている最中、どこらか「とんとん」「とんとんとんとん」と物音がする。
(日本昔ばなしかな?)
不思議に思った一心は冷静になるとモニターの音量が最大であることに気づいた。
これはいけないと思った一心は一通り事を済ませてから落ち着いてモニターの電源をオフにした。
賢者である。
昨今は同マンション内の騒音トラブルが日本全国どこでも問題になっている。
一心は極力関り合いを持たぬよう配慮してきたつもりであった。
隣人と部屋の出入りの時に挨拶されたら返すぐらいである。
一心は音量を下げるかヘッドホンを使うべきだったと少し後悔したが、どこらか衣擦れの音と先ほどの映像音声と同じような女性の喘ぎ声が「はぁん」小さく聴こえたので「どこもお互い様だな、よ、旦那も好きねぇ、面食いねぇ」
とちょっと粋な独り言を抜かして床に着いた。
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