夏の夕方のアレ

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夏の夕方のアレ

「竜ヶ水君、今日はもう帰りなさい、今後今日のような事が二度とないように」    あの後少し騒ぎになって一心の上司が女性に謝りに来た。 普段は陽気な一心も今回ばかりは深く自分の過失を省みた。     男の下心が経済を動かす。 それは極論かもしれないが、古来人がまだ狩りで獣の肉を食らって生きていた頃、より強い雄が獣を獲物を取り、それを雌に分け与えることで男と女というつがいの関係が生まれたであろうというのは間違いではあるまい。    今は肉やその他食糧の物々交換から貨幣による経済にとって変わっただけで、仕組み自体はやはり変わってはいないだろう。男女の関係もひとつの交渉による契約である。 そういった相互の信用が得られていない交渉は受け取り側からすれば当然犯罪行為となる。    仮にも商業施設関係者である一心が来店客に不快感を与えたことは事実であった。 一心は己の未熟さ、男としての弱さを知った。 そして自分がおそらく思春期から追い求め続けてきた美女という存在は、なんと自分を捨てて男と逃げた母親の幻影であることも思い知った。   (美女の象徴) そう自分の中で思い込んでいたファッションビル、自分の仕事場を後にする。    普段は列車で帰るのだが今日ばかりは社会人、現代人という存在からついに自分は外れてしまったような思いがして、原始的に歩いて帰ろうという気分になった。    夏の夕陽はまだ高かった。 だが自分は帰らされる。  歩いて帰ろう。  右手の甲が一番目、二番目に首筋が小さな水気を感じた。 それは若さに上気した一心の本能の熱を冷ましてやろうかというような奇遇な夕立だった。 「さあさあ」という雨音は望みを失った一心の心を励ますように、またあるいは癒すようにも彼には感じられた。  (ああそうか、俺はただ母さんに触れたかっただけだったんだな) それは彼にはあまりにも痛烈な自覚だった。 「俺が悪かった。夏の雨よ夕立よ。俺のよこしまな心を全部洗い流してくれ。今日はこの幾多の雨粒を敢えて受けよう」 髪が濡れる。頭が濡れる。手が、胸が、腹が、足が濡れて夕陽に照らされる。  熱がさめる。    
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