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天界のアレ
その日から一心は良くない風邪を引いて寝込んだ。
職場に連絡すると、まあお前の宗教は何様か知らんが、神罰か仏罰のいずれかだろう、頭を冷やせ、という掛けことばのような有難い言葉を頂戴した。
頭が、体が熱を帯びる。
頭を冷やすどころか、いや本当に頭を冷やす必要があった。
二回目の咳で痰が飛ぶ。咳で胸がびしりと痛む、肺という器にひびが入ったようだ。ひゅうひぃぃと肺が鳴る。
喘鳴なり。
一心は体が丈夫なことだけが取り柄だった。それだけに経験測ではない本能的な生命の危険を感じた。
(これはちょっと頭を冷やすどころじゃ済まないかもしれないなあ)
一心は背筋が冷えるような寒気と心のどこかで自分なら大丈夫だという根拠のない自信が背骨を挟んで同時に感じた。
(咳をしても一心、か)
一心は自分が体感している以上に具合が悪かった。
しかし職場の上司の言葉通りこれはまさに神仏罰に他ならぬ大罰であり、同意なく見知らぬ女性の体に触れた自らの愚かさ、更にはそれはこの世にはあの日から、はじめから存在していないように考えるようにした母親の幻影を今までひたすらに追い求めていたという事実が汚く、そして恥ずかしく思えてならなかった。
「死のう」
一心は声に出した。それはひとつの叫びであった。
「駄目です」
天使だろうか、一心はどこからか声がしたように感じた。
「天使ですか?」
「そうです」
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