神立(かんだち)――はじまりを告げる万雷

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 幼馴染の麗紫(レイシ)に白羽の矢が立ったのは昨晩のことだった。そう、儀式が行われる今日の、その前夜。心の準備なんて出来るわけない。それなのに、あいつは笑ったんだ。  毎年この時期に行われる、川の神への祈りの儀式。その生贄に選ばれたってのに。  ――冗談じゃねえ。麗紫を殺させてなるもんか。  俺がどれだけおじさんおばさんを説得しても、二人は涙ぐむだけで何も言わなかった。年寄りの大巫女たちが決めたので、逆らえないのだ。逆らえば一族皆殺しになる。  ――飛隆(ヒリュウ)。怒ってくれてありがとうね。私、あなたと会えて幸せだったよ。  そう言って微笑んだ麗紫。でも、その大きくて綺麗な瞳が潤んでいたのを、俺はちゃんとこの目で見た。そんなこと言われて、そんな目をされて、黙っていられるか。  巫女(ババア)や村役人たちは、偉そうに麗紫を引っ張っていった。だから俺は、奴らが寝静まった頃に廟に忍び込んで、麗紫を奪い返す。そして二人で逃げて、どっかで暮らすんだ。  ――最初は、それでいいと思ってた。 「奪い返して、その幼馴染さんのご両親は平気なんですか?」  俺が全力で走ってるってのに、息も乱さず坊主――梨沙(リーシャ)という名前なのだそうだ――はぴったりとついてくる。本当は男なんじゃないのか、こいつ。髪も短いし。 「無事、には済まねえ、と思う」  区切るような話し方になるが、走っているので仕方ない。普通に喋られる梨沙のほうがおかしいのだ。少し速度を落とした。 「掟に、従わない家の者は、全員、殺される。だからたぶん、俺の親も」  本当に意味のある掟なのだろうか、と昔から疑問だった。生贄に選ばれて泣く女とその家族を毎年見てきたし、生贄を捧げても川が氾濫することはあったからだ。  ――生贄が粗相をしたせいで、川の神がお怒りなのじゃ。  巫女婆どもはそう言ったが、そもそもそうならないように選んだ生贄だろうが、と思う。それに。  ――俺は、見たんだ。  その時、脇腹に痛みが走った。ぴき、と違和感。 「ぐっ……」 「どうしました!?」  思わず腹を押さえた俺を、梨沙が振り返った。 「平、気だ、行こう」 「……待ってください」  腕を引かれたのが腹に響く。思わず声をもらしてしまった。 「私のせいですね。見せてください」  俺の脇腹に梨沙が手を当てる。 「……!」   当てられた部分が熱くなってきた、と思ったら、梨沙の手のひらが光っている。若葉のような樹液のような色あいの煌めきがもれ出していた。 「お前……」 「ちょっと動かないでください。……あまり上手くないので」  しばらくすると光が徐々に収まり、梨沙は額の汗を袖でぬぐった。  ――痛みが消えた。  俺は体を曲げたり伸ばしたりしたが、痛みが全くない。それどころか、さっきより元気なくらいだ。体の奥から力が溢れるような気がする。 「お、お前すげえな!何者なんだ?」  梨沙は眉を下げて曖昧に微笑み、言った。 「飛隆さんは何を見たんですか?」
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