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10.ハクセイ
部屋の中へと連れ込まれた2匹は、チョビが入れられている隣のケージに放り込まれた。それは頑丈な上に扉にはがっちりと鍵が掛けられ、簡単には外に出られそうもない。
ケージの外から彼らを見つめるのはでっぷりと太った男だった。髪は伸び放題でぼさぼさ。度のきつそうな分厚いメガネにはギトギトの油汚れが浮いている。そんな顔をぐいと突き出してノリタたちを見る。
「ムフフフフ」と不気味な笑い声をもらしてから、
「今日は3匹もゲットしたなりよ。どの子もみんなかわいいでござるなぁ」
再びムフフフフと満足げな表情を浮かべると、男は重そうな体をどたどた揺らしながらドアから出て行った。
「なんやねん、気持ちの悪い」
しかめっ面のチョビにノリタが問いかける。
「ねぇ。あいつが連続失踪事件の犯人ってこと?」
「たぶん、そうやないかと思います」
それを聞きながらノリタは部屋の中を見渡した。窓の外から見たときよりも詳細にその様子がわかる。飾られたフィギュアは見たことのあるアニメキャラクターのものだ。外から見えた机の上にはパソコンがあり、その他にも窓際に作業台があった。そこには作りかけのプラモデルが並んでいる。ベッドの上にはアニメキャラの抱き枕があり、床の上にはパンパンに詰め込まれたゴミ袋がいくつか放置されていた。
「ねえ」
不意に上のほうから声が聞こえた。1段上に置かれたケージからのようだ。
「さっきちらっと見えたんだけど、三毛のあなた、もしかしてダイキチさんじゃない?」
「ああ、そうやで」と答えたのはチョビだった。
「このお方は、ここいらへんのボスであらせられるダイキチさんや」
「なんてことかしら。そんな方まで捕まってしまうなんて」
嘆くような声にノリタが問いかける。
「あの、君は?」
「ワタシはジバ。隣の町に住んでるの」
その名前にノリタは聞きおぼえがあった。あの夜、ダイキチの後をつけていった神社の裏で見た光景。猫又に相談していたネコが、また行方不明者が出たと言ったときに口にした名前だ。
「今もあなたたちが話していたように、さっき出て行ったあの男が、連続失踪事件の犯人なのよ」
ジバの話を聞いたノリタ、トラザエモン、チョビがお互い顔を見合わせた。その中でトラザエモンが「なんてこった」と腹立たしげに口を開く。
「ミイラ取りがミイラとはこのことだ」
彼はチョビをひと睨みすると、
「お前のことなんか、ほうっておけばよかったぜ」
「なんやねん、冷たいのう。お前は血も涙もない冷血動物か」
「まあまあ、抑えて抑えて」
ノリタはちらりとトラザエモンを見てから、
「口ではあんなこと言ってるけどさ、連れ去られたチョビを真っ先に追いかけたのはトラザエモンなんだよ。チョビが連れ去られた、大変だーって」
その場面をジェスチャーで再現するノリタに、「それは、その……」と照れくさそうに言い訳しようとしていたトラザエモンが口をつぐんだ。ドアの開く音が聞こえたからだ。
さっきの男が入ってきた。彼はノリタが入っているケージの前まで来ると、真剣な眼差しでノリタの全身を嘗め回すように見た。
「やっぱりだ。この子、オスの三毛ネコでござるよ。これは珍しいなりよ。みんなうらやましがるだろうな。あ、そうだ。試しにネットオークションに出してみようかな。高く売れるかも……」
ムフフフフと笑う男をノリタは睨むことしかできなかった。そんなことはやめろと言いたかったが、今は人間の言葉を話せないのだ。
男はそんな視線を気にもとめず、今度は他のネコたちを見回した。いち、にぃ、さんと数えながら、
「結構集まったなりね。もっと可愛い子をゲットしたいけど、そうなるとエサ代もバカにならないし、ケージの数も足りなくなるでござるな……」
思案しながら男はうろうろと歩き始めた。その視線が本棚に並べられたアニメキャラクターのフィギュアにとまる。
「そうだ。人形ならエサも食べないし、かわいさもそのままなりよ。そうだそうだ。あのネコをハクセイにしちゃえばいいなりよ。よし、さっそく作り方をネットで検索するでござる」
言いながら男は椅子に腰を下ろし、パソコンを立ち上げた。
「あいつ、なに言うとんねん。きしょくの悪いやっちゃなぁ」
口をへの字に曲げてチョビが言ったあと、ジバの声が聞こえてくる。
「ネコのコレクションをしているみたいよ」
「なんやねん、それ。オレらはモノとちゃうぞ」
「そんなことよりもあいつ、〝ハクセイ〟とか言わなかったか?」
トラザエモンの疑問に、
「そや。ハクセイって、なんや?」
チョビも首をかしげる。
ノリタはその答えを知っていた。以前お父さんから聞いたことがあった。死んだ動物の皮をはがして腐らないように処理してから縫い合わせる。その中に詰め物をして、生きていたときの姿を再現するのだ。最近では飼っていたペットが死んだときにハクセイを作る人もいるそうだが、今ここにいるネコたちはみんな生きている。それなのにさっきの男はハクセイを作るといった。その意味するところは……。
おぞましい結果を想像したノリタが、みんなにどう説明しようかと思案しているうちに、ジバの声が聞こえてきた。
「ワタシ、聞いたことあるわ。ハクセイって動物を人形みたいにするのよね」
「やっぱりそうか……」とトラザエモンは沈んだ表情を浮かべた。どうやらハクセイとはどういったものかを知っていて、この先自分たちの身にふりかかる災難に思い当たったようだ。
「やっぱりってなんやねん」
事態の深刻さがわかっていないのはチョビだけだ。彼はいつもと変わらない調子でトラザエモンに突っかかる。
「お前、ハクセイってなんか、知ってんのか?」
「だから、ジバが言ったじゃねえか。オイラたちは、人形にされちまうんだよ」
「人形て……。オレらネコやで。人形になんかなれるわけあらへんやん」
トラザエモンは「チッ」と舌打ちをしてから、
「勘が鈍いやつだ。まだわかんねえのか」
「なんやと!ネズミに耳かじられるまで気づかんかったお前に言われたないわ」
「なんだと。まだそれを言うのか?」
ケージをはさんでにらみ合う2匹に、
「いい加減にしなよ。こんなところでケンカしてる場合じゃないだろ」
ノリタがそう言うと、チョビとトラザエモンは口々に謝りおとなしくなった。
「でもダイキチさん」
チョビが上目遣いでノリタを見る。
「オレらが人形にされるって、どういうことですのん」
その疑問でトラザエモンの視線もノリタに向けられた。ジバも聞き耳を立てているのか、上から声は聞こえてこない。
ノリタはその意味するところを知ってはいたが、それをあからさまに話すことはためらわれた。言ってしまえばそれが確実に自分たちの身に降りかかってきそうに思えるからだ。しかし、ことの深刻さをチョビにわからせるためには、ごまかして話すわけにはいかなかった。
「ハクセイってのはね、死んだ動物の皮を使って、人形を作るようなものなんだ」
「ってことは、あの男はオレらの皮を使って、人形をつくるってことですか?」
「そうなんだよ」
「あれ?でもオレら、この通り生きてますよ」
「だから、それは、あの男はボクたちのことを……」
さすがにその先を口にすることはできなかった。それでもチョビは自分たちが置かれている状況をようやく理解したようで、
「あいつ、オレらのことを?」
「やっとわかったか」とトラザエモンがつぶやいた。
「そんなんアカンに決まってるやん」
チョビは自分が入れられたケージの鉄格子に手をかけると、
「いややー!助けてー!ネコ殺しー!」
叫びながらそれをガタガタと揺らし始めた。
「うるせえなぁ。闇雲に暴れたって仕方がないだろう」
トラザエモンの言葉に、チョビはふくれっつらで振り返った。
「ほなトラザエモン。お前になんか考えがあるんか?」
「いや……」と口ごもってから、彼はノリタに目を向ける。
「ダイキチさん、どうしましょう?」
「どうするって言ったって……」
ノリタも困り果てた。見たところケージの扉にはがっちりと鍵がかかっており、簡単には開きそうもない。誰かに助けを求めようにもここにいるネコはみんな閉じ込められているし、叫んでもそとに声が届きそうにない。そもそもこの建物の周りは田んぼだらけで、人通りもあまりなかったのだ。
「うーん」
思案するノリタの目に、床の上をちょろちょろと動き回るものが映った。よく見るとそれはネズミだった。
しばらく歩き回っていた小さな動物は、棚の柱につかまって、器用にそれを登りはじめた。あっという間に棚の中ほどまで来たネズミは、ノリタたちが入っているケージの前で立ち止まった。
「あ、お前!」
声を上げたのはトラザエモンだ。彼はいらだたしげに欠けた耳をぴくぴく動かしながらネズミを指差した。
「ジュリーじゃねえか!」
敵意に満ちた視線を気にする風もなく、ジュリーはボスネコにぺこりと頭を下げた。
「ダイキチさんの大ピンチと聞き及んでやって参りやした」
「え?どうしてボクがピンチだと?」
目を丸めるノリタに、そのご質問ごもっともでやす、と言って頷きながらジュリーは説明を始める。
「モモタローさんから言われやした。ダイキチさんを助けるために、ある家に忍び込めと。詳しい話はここを無事脱出した暁に、モモタローさんから直接お聞きください」
「それじゃあ何か?お前がオイラたちを助けるってことか?」
その言葉にジュリーはきりりとトラザエモンを睨むと、
「おいおい。あっしはあんたを助けに来たんじゃねえ。ダイキチさんを助けに来たんだ」
啖呵を切るように言ってからノリタへと視線を戻す。
「ダイキチさん。今こそあなた様から受けたご恩、返させていただきやす」
「ああ、ありがとう」
律儀なネズミにノリタが思わず頭を下げると、ジュリーはあわてた様子で、
「おっと、もったいない。頭を上げてくだせぇ」
「おい、ジュリー」
トラザエモンが不機嫌な顔でネズミを睨んだ。
「お前、助けるとか偉そうなこと言ってるけど、お前にこのケージの鍵、開けられるのかよ」
その問いかけにジュリーは静かに首を振った。
「いいや、体の小さなあっしには、無理なことです」
「じゃあどするんだよ」
「あっしに無理なら、人間に開けさせてやるまで」
そう言って意味ありげに笑う小さなネズミの姿に、ノリタたちは顔を見合わせた。本当にそんなことができるのだろうか……という思いがそれぞれの表情に出ていた。
「ねえ、大丈夫なの?」
ノリタの問いかけに、
「心配いりやせん。あっしにも仲間は大勢いやすから」
言い残して彼はカゴの前から走り去った。
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