2.ノリタの憂鬱

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2.ノリタの憂鬱

「走れ、ノリタ!」 「なにやってるんだ!」 「ノリタのへたくそ!」  ボールを追いかける彼に向かって、クラスメイトが続けざまに野次を飛ばした。その中でもひときわ大きな声をあげているのは、ツネオだった。 「あーぁ。あいつがいるだけで、球技大会は絶望的だよ」  その言葉がノリタの胸に突き刺さる。  ノリタが通う小学校では、二日後に球技大会が予定されていた。その練習を放課後にクラス全員で行っているところだ。スポーツが大の苦手の彼にとって、それは最もさけたい学校行事のひとつだった。昨年の球技大会は、種目がソフトボールということで、選手は九人しか必要なく、ノリタは試合に出ずにすんだ。ところが今年の種目はサッカーなので、そんなわけにはいかなかった。彼も試合に出なければ、人数が足りないのだ。そのせいで、クラス全体の練習というよりも、ノリタ一人の特訓といった状況になっていた。  ふうふう言いながらボールに追いついた彼は、これほどみんなに迷惑をかけるなら、いっそ球技大会をズル休みしてしまおうかという考えが頭に浮かんだ。しかしそんなことをすれば選手が足りなくなって、余計にクラスに迷惑をかけてしまうだろうと思い直し、ボールをクラスメイトのほうへとけり返すのだが、それは予想外の方向へと転がっていく。それを目にしたクラスメイトたちの口から、いっせいにため息がこぼれた。      その日、家に帰ったノリタはすぐさまリビングのソファに向かった。いつもそこで寝そべっているダイキチを目当てに。  テストで15点を取ったあの日、ダイキチの頭を小突いてからというもの、彼は毎日と言っていいほど飼い猫をいじめていた。お前は毎日寝てばかりでいいなと言っては尻尾を引っ張り、うらやましいぞと言ってはひげを引っ張り、ボクもネコになりたいよと言っては耳を引っ張り、ついにはなにも言わずに突然頭を小突いたりした。それはノリタ自身が学校で受けたストレスを解消するための、ひとつの手段にもなっていた。  ところが今日に限ってそこにダイキチの姿はなかった。  あいつめ、ボクが帰ってくることを察して逃げたんだな……  そんな風に思ったノリタは、少しむしゃくしゃする気持ちを抑えつつ、自分の部屋へと戻った。  夜になり、夕飯を済ませた後、ノリタはお母さんからの命令で机に向かっていた。明日の授業の予習をするために。  机に向かってはいるものの、それは親に言われたからしぶしぶ座っているに過ぎず、当然のことながら勉強に集中できるはずもなかった。そんなとき、いつもならゲームで遊んだりマンガを読んだりするところだが、あいにくそれらはすべてお母さんに取り上げられたままだ。だから彼は仕方なく、ほおづえをつきながらぼんやりと窓の外の景色に目を向けていた。  ノリタの部屋は二階にあった。窓からはちょうど家の前にある通りが見下ろせた。そこには一定の間隔で電柱が並び、それぞれの同じ高さに街灯が設置されていた。それらの灯りは、暗くなった通りの上を、円く照らしている。  その光の円の中を、小さい何かが通り過ぎたことに彼は気づいた。しかしすぐに光の届かないところへ行ってしまったため、それが何であるのか分からない。そこでその隣の電柱の下に視線を移し、そこをじっと見つめた。すると先ほど見たそれが、ノリタが注目する光の中へと入ってきた。  それはダイキチだった。一瞬よく似たネコかと思ったのだが、特徴のある三毛の模様には見覚えがあった。  姿が見えないと思ったらあいつ、こんな時間にどこへ行くつもりだ?  そう考えたノリタは、気が乗らない明日の予習を切り上げて、こっそり飼い猫の後をつけてやろうと心に決めた。
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