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3.夜の神社
お父さんとお母さんの目を盗んでこっそり外に出ることに成功したノリタは通りに立つと、ダイキチが歩いていった方向へと目を向ける。100メートルほど先の街灯の下に、ゆっくりと歩く三毛ネコの姿が見えた。離されないように慌てて後を追う。足音を忍ばせ、時には電柱や物陰に身を隠しながら。
彼の家から歩いて5分ほどのところにある角を左へ曲がった。小さな川に沿って続くその道を、ダイキチは変わらぬスピードで歩いていく。そこからさらに10分ほど進むと、今度はコンビニのある四つ角が見えてきた。駐車場に出入りする車を気にする風もなく、その角をさらに左へと進み、そこから10メートルほど先に行ったところでふいに立ち止まった。
コンビニの看板の陰に隠れてその様子を見つめる。ダイキチが足を止めたのは、ちょうど神社の前だった。その位置であたりの様子を伺うように目を配った後、すっと境内のほうへと姿を消した。
ノリタは大きく真っ赤な鳥居が星空を背にそびえる姿を見上げた。鳥居の向こうにはうっそうと茂った巨大な木々が立ち並び、昼間でも薄暗い神社の境内は、この時間ともなると底なしの真っ暗闇だった。あまりの暗さに少し臆病風に吹かれ、ダイキチの後を追うのをあきらめようかと思いはじめたものの、こんな時間にこんな場所へ、どうしてあのネコはやってきたのか……という好奇心がそれよりも勝った。
彼が思い切って鳥居をくぐったその瞬間、ジャリッと辺りに音が響いた。境内には玉砂利が敷き詰められていた。それをノリタが踏みしめた音だ。
ダイキチに気づかれずにその後を追うためには足音を忍ばせなければならない。ところが境内の中はどう歩いてもジャリジャリと音が鳴ってしまう。その空間が街の中とは切り離されたのかと思えるほど静かなせいで、足音は余計に大きく聞こえた。
三毛ネコの姿はすでに暗闇の中に消えていた。それでもかまわず、ノリタは目をこらして境内の奥へと進む。ジャリジャリという音をできるだけ立てないように気をつけながら。
やがて前方に神社の本殿と思しき建物がぼんやりと見えてきた。とりあえずそこに近づいてみる。
暗闇の中にさいせん箱があった。その上に色とりどりのひもがぶらさがっている。それに沿って視線を上げると大きな鈴が見えた。あんぐりと口をあけて見上げているうちに、建物の裏のほうからなにやら話し声が聞こえくることに気づいた。
おや?今頃こんなところに誰がいるのだろう。神主さんかな?
ノリタはそんな風に思いながら、建物伝いに裏手のほうへと向かう。すると声はだんだんと大きく聞こえるようになった。
もしも神主さんに見つかったら、こんな時間にこんなところにいることを叱られるかもしれないな……。
そう考えつつ、ノリタは本殿の裏手を伺うように、建物の角からこっそりと顔をのぞかせた。
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に思わず声をあげそうになるものの、すんでのところでそれを飲み込んだ。
そこにはたくさんのネコが集まっていた。まるで学校の朝礼のように、ネコたちは整然と並んでおり、みんな同じ方向を向いていた。ネコたちが見つめる先には木の切り株があり、その上にひときわ大きなネコが立っていた。集まったネコたちを見渡すその姿は、まるで校長先生のようだ。よく見れば、その大きなネコの尻尾は2つに分かれていた。
本殿の裏手から聞こえてきた声は、このネコたちのものだった。大勢集まったネコたちの中から1匹ずつ順番に前へ出て、切り株の上の大きなネコに、何事かを話していた。
ネコが人の言葉をしゃべってる!
驚きの眼差しでその光景を見つめるノリタの耳に、その会話が聞こえてくる。
「猫又様。私の町で、ジバという名のネコが行方不明になりました」
「なに?それは例の連続失踪事件と関係があるのか?」
「いえ、今のところまだわかりません」
「そうか。もしも関係があるのならこれで5件目だ。こちらでも失踪事件については最優先で調査しているところだ。もし何かわかれば連絡しよう」
「はい。お願いいたします」
切り株の前に立っていたネコは一礼すると、踵を返して集まったネコたちの中へと帰っていった。それと入れ替わるように別の1匹が前に出て来る。それを見たノリタの目が大きく見開かれた。
ダイキチだ。見覚えのある三毛ネコが、切り株の上の大きなネコにペコリと頭を下げてから口を開く。
「猫又様。今回、私は個人的な相談に乗っていただきたいと思います」
「うむ。なんなりと申してみよ」
「実は、最近深刻な嫌がらせに合っておりまして」
「ほう。嫌がらせとは、どのような?」
「たとえば、耳を引っ張られたり」
「ふむ、耳を?」
「たとえば、ひげを引っ張られたり」
「なに、ひげまで?」
「たとえば、尻尾を引っ張られたり」
「なんと、尻尾までも?」
「挙句の果てに、頭を小突かれるしまつ」
その会話を聞いていたノリタは耳を疑った。ダイキチの話はすべて自分のことをさしていたからだ。あいつ、これから何を言い出すつもりなんだ?不安に思いながらも彼は耳を済ませる。
「なんと言う心無い所業だ」
切り株の上で猫又は鼻息を荒げると、
「どれもこれもわれわれネコにとっては大事な部分ばかりではないか」
「その通りでございます」
同調するダイキチに猫又が問いかける。
「それで、そんなことをするやつは、いったいどこのどいつだ?」
「それは……」と言いながらダイキチは首だけをゆっくり振り向けると、まっすぐノリタのことを指差した。
「あの子供でございます」
その言葉と同時に、その場に集まっていたネコたちがいっせいに振り向いた。無数の輝く目がノリタを見つめる。
突然の出来事にノリタは飛び上がらんばかりに驚いた。気がつけば、いつの間にやら彼の背後に数匹のネコが集まっていた。そのネコたちは二本足で立ち上がると、ノリタの背中をぐいぐいと押しはじめた。
ノリタはあれよあれよという間に猫又の前に突き出されてしまった。
「この子供、私が世話になっております家の子でノリタと申します」
ダイキチはノリタのことを見ながらそう言うと、切り株の上へと視線を戻した。
それを受けた猫又は、ぎろりと大きな目でノリタをにらんだ。
「人間の子供よ。お前はなぜ、ダイキチに対してそのようなことをするのだ?」
そう問われたものの、すぐには答えることができなかった。目の前の猫又だけでなく、周りに集まった無数のネコたちの光る目に見つめられたせいで、緊張のあまりその質問が耳に届いていなかったからだ。
その様子に気づいた猫又は、やれやれという風にひとつため息をついた。それから両手を伸ばすと、おどおどとあたりを見回す彼の頭をむんずと捕まえ、強引に自分のほうへと振り向かせた。
「もう一度たずねるぞ。お前はなぜ、ダイキチに対してそのようなことをするのだ?」
真正面から目を見据えられつつそう問われ、やっとのことで相手の言葉を理解したようで、おどおどとその答えを口にする。
「それは、うらやましかったから」
「うらやましいだと?いったい、ダイキチのなにがそんなにうらやましいのだ?」
「だってダイキチのやつ、いつも寝てばっかりじゃないか」
「寝てばかり?そんなことがそれほどうらやましいか?」
「そりゃそうさ。ボクは毎日学校に行って、きらいな勉強をしなきゃならないし、苦手なサッカーもやらなきゃならないんだ。できることならボクだって、ネコになって一日中寝ていたいよ」
「ふん」と鼻で笑った猫又は、つかんでいた頭を半ば突き飛ばすようにして離した。
そのせいでノリタはバランスをくずし、よろよろと後ずさった。それを周りのネコたちが手を伸ばして支えた。
「ああ、ありがとう……」
彼は思いがけず助けてくれたネコたちに向けて小さくおじぎをした。ネコたちも、どういたしましてという風にぺこりと頭を下げた。
その様子に思わず笑みがこぼれそうになったものの、すぐに聞こえてきた猫又の声でそれをかみ殺した。
「それほどダイキチのことがうらやましいのなら、お前の望み、かなえてやろうではないか」
猫又はそう言うと、口を小さくすぼめて「ふぅ~」と息を吹き出した。その息は白い煙となり、ノリタの体にまとわりついていく。
ノリタの視界はすっぽりと白い煙に包まれた。その向こう側にぼんやりと、猫又のものと思しき光る大きな目だけが見えていた。それは不思議なことに、ゆっくりと左右にゆれ始める。その目の動きを追ううちに、彼はだんだんと眠くなり、やがて意識をなくしてしまった。
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