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6.アイ アム ア ボス
もともとは寝てばかりのダイキチがうらやましくてネコになりたいと言ったのだ。まさか本当にネコになるとは思ってもみなかったが。それでもネコになった以上、当初の目的である寝てばかりの生活をしたいとノリタは考えていた。
しかし、ノリタになったダイキチがちゃんと学校へ行っている以上、彼も言われた通りネコ会議に出席しないわけにはいかなかった。
まさかそんなものがあるなんて。ノリタは意外な思いで歩きつつ公園を目指す。
ネコの視点になったため、いつもなら歩きなれた通りも、なんだか別世界に入ったように彼には感じられた。すべてが高く、大きいのだ。
巨大になった自動販売機を見上げ、これじゃあジュースも買えないなぁ……などと思っていると、どこからか、「ダイキチさん」と言う声が聞こえた。
どこかで誰かがうちのネコを呼んでいるな……とノリタは頭の片隅で考えながら歩みを進める。
しばらくすると再び「ダイキチさん」と言う声が聞こえてきた。
ノリタは何気なくその声のするほうを振り返った。1匹の黒ブチのネコがこちらへ小走りに近寄ってくるところだった。そのネコは明らかにノリタを見つめながら、「待ってくださいよ、ダイキチさん」と言った。そこでようやく、今は自分がダイキチなのだと改めて思い出し、彼はその場で足を止めた。
「ボクに何か用かい?」
追いついてきた黒ブチに問いかけると、そのネコは不思議そうにノリタを見つめる。
「ダイキチさん、どないしはったんですか」
「どない?」
ネコにも関西弁があるのかと驚きながらも、ノリタは相手の言葉の意味がわからずに首をかしげた。
すると黒ブチのネコは困ったような顔をつくる。
「なんですか、ダイキチさん。いまさら関西弁いじりですか?」
「いや、違うよ。ただ、どないした、ってきくから、ボクが何か変なことをしたのかと思って」
「それですよ、それ」
黒ブチはノリタを指差した。
要領を得ないノリタは「それ?」と言って自分の顔に人差し指を向けた。
「せやから、自分のことをボクって言わはるから。いつもは私って言うてはりますやん」
そう言われて思い出した。朝にダイキチと話をしたとき、彼は自分のことを私と言っていたことを。だからと言って、ノリタは急に自分のことを私と呼ぶ気にはなれなかった。自分のことを私と呼ぶことは、まるで女の子みたいだなと思えてしまうからだ。
そう考えるうちに彼はあることに思い至った。今は「ボク」と「私」という言葉の違いを指摘されただけですんでいるが、この先こんなことが他にも起きる可能性があるぞと。なれなれしく話してかけてくる目の前のネコは、どうやらダイキチの顔見知りのようだから、会話をすればするほどノリタとダイキチの違いに気づかれ、いずれ正体がばれてしまうかもしれないのだ。
すると目の前のネコはすでにノリタのことをうたがい始めているのか、細めた目で見つめてくる。
「ねぇ、ダイキチさん。なんか、ようすがおかしいですよ?」
そこでノリタは一計を案じた。いっそ全てをごまかすために、ひとつの大きなウソをつくことにしたのだ。
「実は夕べ、頭を打っちゃってさ。それからどうも、記憶があやふやなんだよね。自分のことをボクって言っちゃうのも、きっとそのせいさ」
彼のウソを簡単に信用したらしく、黒ブチのネコは「ほんまでっか?」と驚きながらも、すぐに心配そうにノリタの顔を覗き込む。
「いや、でもダイキチさん。あなたほどのお方が簡単に頭を打つやなんて考えられへんわ。もしかして、あいつにやられたんとちゃいますか?」
「あいつ?」
「ほら、ダイキチさん前に言うてましたやん。最近飼い主の子供にいじめられるって」
ボクのことだ……と思い、ノリタは思わずピクリと耳を動かした。
黒ブチはそれを別の意味にとったらしく、腹立たしげに口を開く。
「やっぱりそうでっか。あいつに頭をどつかれたんですな。ほんま、最近の子供には困ったもんやで。動物をなんやと思とるんやろ。動物愛護団体に訴えたほうがええんちゃいますか?あ、でもオレらの言葉、人間にはわからへんか……」
てへへ、と笑うそのネコに「そう……だよ、ね」とぎこちなく応じる。
しかし彼の心中はおだやかではなかった。目の前のネコはまさしくノリタのことを言ったのだ。自分たちの敵だと言わんばかりに。それでも彼は話を合わせるために、
「全く、今の子供ときたら、乱暴でかなわないよ……」
と言うものの、自分自身を責めているようでなんだか落ちつかない。表情が少しこわばっているのは自分でも分かる。それに気づかれてはならないと、彼は話題を変えるつもりで黒ブチのネコに視線を向けた。
「ところでさ、さっきも言ったように、ボクの記憶はあやふやなんだよね。それで、実は君の名前も……」
「ありゃ、オレの名前もでっか?そら困るわ。ちゃんと思い出してくださいね。オレの名前はチョビ言います。ほれ」
彼は自分の鼻の下を指差しながら言葉を続ける。
「ここに黒いブチ模様があるでしょ?これが、人間のチョビヒゲみたいや言うて、オレの飼い主がつけてくれたんですわ」
「ああ、なるほど。チョビヒゲのチョビね」
覚えやすい名前でよかった……とノリタが胸を撫で下ろしていると、今度は相手が話題を変える。
「そういえば、ダイキチさん。ネコ会議のことはちゃんと覚えてはります?」
「あ、それは覚えてるよ。今から行くところだったんだ」
実は覚えていたのではなく、本物のダイキチから教えられたのだけど……と思ったことは口には出さない。
そんなことには気づく様子もなく、チョビは安心したように笑う。
「それはよかった。ほな、オレもお供します」
その言葉を合図に、2匹は再び歩き始めた。
公園を目指しててくてく歩きながら、チョビが口を開く。
「しかし、ネコ会議のことは忘れてなくてよかったですわ。ダイキチさんがおらへんかったら、会議も始まらんもんね」
その意味が分からずに、ノリタは不思議そうに隣に目を向けた。
「え?ボクがいなくても、会議くらいできるでしょ」
するとチョビはぶるんぶるんと首を振った。
「なに言うてますのん。ボスがおらんことには始まりません」
「え?ボス?誰が?」
「ありゃ、これもお忘れでっか?ボスはダイキチさんですやん」
「は?あのダイキチがボス?」
「なんでっか、そのひとごとのような言い方」
合点がいかないといった表情のチョビを目にして自分のミスに気づいたノリタは「いや……」とうろたえながらも言い直す。
「ボ、ボクがボス?これも、すっかり、忘れてたよ……」
「なんやえらいことですねぇ、記憶喪失って……」
すんなりと信用する黒ブチにノリタは胸を撫で下ろした。
まさかダイキチがボスネコだったとはおどろきだ。毎日ただ寝てばかりだと思っていたのに、意外な一面があるものだ。少し見直したな……。
そんなことを考えてから、彼はチョビに問いかける。
「ちなみに、その会議ってさ、どんなことするんだっけ?」
「ダイキチさん、かなり重症でんな……」
彼は同情するような眼差しで、ちらりとノリタを見てから続ける。
「まあ、会議言うても、そんな大げさなもんとちゃいますねん。ただ、みんなが揉め事や相談事を持ち込んで、それをボスであるダイキチさんに解決してもらう、それだけのことですわ」
「じゃあ、あの猫又の集会と同じようなもんだね」
「ちょ、猫又様を呼び捨て?」
そう言って目を丸めるチョビに、彼は慌てて訂正を加える。
「そうだそうだ。猫又様の集会ね」と〝様〟を強調するように言った。
「まあ、猫又様のことは覚えてはってなによりですわ。とは言え、猫又様の集会とネコ会議は同じようなもんとちゃいますよ。そもそも、猫又様に会えるのは、ボスクラスのネコだけです。オレらみたいな下っ端には雲の上の存在ですわ」
それならあの時、猫又の前に集まっていた大勢のネコたちはすべてボスネコと言うことになる。それほどの数のボスネコがいるネコ社会は、結構大きな組織ということだ。そのことにノリタは驚くとともに、あれだけの数のボスがひれ伏す猫又の存在感に舌を巻いた。
そうこうするうちに、2匹の行く先に公園が見えてきた。ノリタが下校途中、時々寄り道をする公園だ。平日の午前中ということもあってか人の姿はあまり見当たらない。ブランコやシーソー、ジャングルジムや鉄棒などの遊具が並ぶ中、滑り台は公園の真ん中に置かれていた。タコの形をした大きな滑り台だ。
ノリタとチョビがその下へ進んでいくと、そこにはすでに10数匹のネコたちが集まっていた。それらのネコたちはボスの姿を目にすると、次々に頭を下げて出迎えた。
恭しいネコたちの姿に彼は偉くなったような錯覚に陥った。しかし、偉いのは自分ではなく、ダイキチなのだと自分に言い聞かせる。
そのときだ。
「どいた、どいた!」と声がしたかと思うと、集まったネコたちの間へ、小さな何かが駆け込んできた。
小さな何かは怒鳴りながら、ネコたちの間をかけまわる。小さい上にすばしこくてその正体はわからない。ネコたちは「なんだ、なんだ」と口々に言いながら、足元をきょろきょろと見渡している。
それに続いて「どけ、どけ!」という声と共に、その小さな何かを追いかけるように、1匹のネコが駆け込んできた。それは茶トラのネコだった。
ネコに追いかけられていた小さな何かは、そこに集まったネコたちの間を散々逃げ回ったあげく、最後にノリタの前に来て急ブレーキをかけた。
それはネズミだった。
目を丸めて驚くノリタに向けて、ネズミはぺこりと会釈をすると、
「あっしはネズミのジュリーと申しやす。訳あって、ネコに追われておりやす。どうかこのあっしのことを、助けてやってはもらえませんか。ネコに追われているのに、ネコに助けを求めるとはおかしな話とお思いでしょうが、そこは、ここいら一帯を取り仕切るボスである、あなた様を見込んでのこと。よろしくお願いいたしやす」
一息でそういってから、ジュリーは深々と頭を下げた。
そこへ駆け込んできた茶トラのネコが、鼻息をあらげながら口を開く。
「ダイキチさん、そのネズ公をオイラに渡してください」
ネコがネズミを追いかけるのは当たり前だ。だからと言って、自分に助けを求めるネズミを、わけも聞かずにそのまま差し出すのはどうなのかとノリタは考えた。とりあえずこのネズミが何をしたのか、まずは茶トラのネコに問いかけようとするものの、当然のことながら相手の名前がわからない。
「えっと……」と彼が言葉を詰まらせていると、
「こいつは、トラザエモンって名前です」
チョビが背後からそっとささやいた。
思わぬ助け舟にノリタが振り向くと、彼はウインクをしてみせた。その言動で、どうやらボスの記憶喪失のサポートをしてくれるようだぞとノリタは判断した。とはいえ、それは自分とダイキチが入れ替わったことを秘密にするためのウソなのだけど……と、チョビに申し訳なく思いつつ、彼は茶トラのネコに目を向ける。
「やあ、トラザエモン。君はどうしてジュリーを追いかけるんだい?」
「ネコがネズミを追いかけるのに、理由がいりますか?」
逆に問いかけてきたトラザエモンに、いらないねぇ……と思わず答えそうになってあわてて口をつぐむ。その代わり、ジュリーが口を開いた。
「それは、あっしがトラザエモンの耳をかじったからですよ」
その言葉でノリタはトラザエモンの耳に目を向ける。確かに彼の左耳はかじられたようにぎざぎざになっていた。ところどころに血がにじんでいるのが痛々しい。
背後で「プッ」という声が聞こえたので振り返ると、チョビが必死に笑いをこらえていた。彼の目もまた、トラザエモンの耳に向けられていた。
「あ、チョビ。お前、今オイラの耳を見て笑いやがったな!」
腹立たしげな顔のトラザエモンを指差しながら、
「そやかて、ネコのくせにネズミに耳をかじられるんやもん。マンガやあるまいし」
チョビはそう言って、今度はこらえずきれずに声を立てて笑いだした。
「なんだと!」と食って掛かるトラザエモンに、
「なんや、やるんか?」とチョビは応戦のかまえだ。
一触即発の2匹の間に、ノリタはあわてて割って入った。
「ちょっと待ちなよ。なんで君たちがケンカするのさ。今はトラザエモンとジュリーの問題だろ」
「ああ、そうでした」
トラザエモンは恥じ入るようにそう言って落ち着きを取り戻す。
「それで、次はジュリーに質問なんだけど」
ノリタはそう言って、ネズミに視線を向けた。彼はちんまりと座り、3匹のネコのやり取りを見上げていた。
「君は、どうしてトラザエモンの耳をかじったりしたんだい?」
「それは、あっしや仲間たちが、ことあるごとにトラザエモンに追い回され、いじめられるからでやす。仲間たちの気持ちも知らず、トラザエモンが日向ぼっこでのんきに昼寝なんぞしてやがったもんですから、思わず……」
「かじっちゃったんだね」
ノリタの言葉に「へい」とジュリーは頭を下げた。
「じゃあトラザエモン。君はどうしてジュリーの仲間をいじめるんだい?」
「どうしてって、理由なんてないですよ。さっきも言いましたけど、ネコがネズミをいじめるのに理由がいりますか?」
「そうは言ってもさ、やっぱり理由もなくいじめるのは、よくないと思うんだ」
そう言いつつも、理由があってもいじめるのはよくないけど……と彼は自分のことを思い起こす。クラスメイトのツネオから馬鹿にされたことを、そしてその憂さ晴らしにダイキチをいじめていたことを。
「いじめ、アカン!」
突然チョビがふざけた口調でそう言った。
トラザエモンは再びチョビに食ってかかる。
「おい、お前、さっきからうるさいんだよ」
「おお、コワ!耳なしトラザエモンが怒ってるわ」
「耳はちゃんとあるだろうが」
「かじられとるけどね」
「なんだと!」
「なんや、やるんか?」
再び一触即発の状態の2匹の間に、またしてもノリタは割って入った。
「ちょっと、いい加減にしなよ」
それから彼はトラザエモンに目を向ける。
「とにかく、耳をかじられたのは、意味もなくネズミをいじめた君にも責任はあるんだから、ここはジュリーのことを許してやろうよ」
「そうそう、自業自得やもんね」
合いの手のように入ったその言葉に、トラザエモンは腹立たしげにチョビの顔を睨みつつ何かを言おうとするものの、その言葉を飲み込んだ。深呼吸してから、ダイキチへと視線を戻す。
「わかりました。ダイキチさんがそうおっしゃるならそうしましょう。なんと言っても、ここはネコ会議の場、ですからね」
言ってからジュリーに目を向ける。
「おい、ネズ公。許してやるから、どこへでも行きやがれ」
トラザエモンはしかめっ面をつくり、追っ払うように右手を振った。するとジュリーはトラザエモンにぺこりと頭を下げてから、ノリタのほうに向き直る。
「寛大なご処置、感謝いたしやす。このご恩は、一生忘れやせん」
深々とおじぎをしたかと思うと、ちょこまかとネコたちの間を走りぬけ、やがてその姿は見えなくなった。
「ネコがネズミを助けるとは、世の中変わったもんだわい」
不意に聞こえたその声に驚いて振り返った。そこにはいつの間にか、1匹のキジトラのネコが座っていた。
「おお、モモタローさんじゃないですか。ご無沙汰です」
そう言ったのはトラザエモンだ。
モモタローって何者だ?と思いながら、そう呼ばれたキジトラのネコを見つめていると、またしても背後からチョビがひそひそと耳打ちをする。
「あちらは、モモタローさんですわ。昔この辺りを仕切っていた元ボス……。つまり、ダイキチさんの先代のボスってことです。もうかなりのお歳なんで、今最も猫又様の座に近いんやないかと、ネコ界ではもっぱらうわさされてます」
ふんふんと頷くノリタにモモタローが歩み寄ってきた。それに従って離れていたときには分からなかった顔の傷がいやが上にも目に付いた。その迫力に押されて思わず後ずさりしたくなるものの、ダイキチの面目を保つためには簡単にそうするわけにはいかず、彼はぐっとこらえた。
「なあ、ダイキチよ」
重厚な声で名を呼ばれ、緊張のあまり「はい?」とノリタの声が裏返った。
「あんたに折り入って頼みがあるんだわい」
「それは、どんなことでしょうか?」
元ボスの風格に圧倒された表情を見せるノリタの顔に、モモタローぎろりと睨むような眼差しを向けた。
「ワシには大勢の息子がおるということは、あんたも知っとるよな?」
「ええ、まあ……」
とノリタがあいまいに答えたのは、当然のことながらそのことを彼自身は全く知らないからだ。息子はおろか、目の前のモモタローですら今日始めて知ったのだ。
そんなことにはまったく気づかず、モモタローは続ける。
「その中で、ひと月前に行方不明になっちまった息子がいるんだよ」
「キンタローさんのことですね」
そう言ったのはトラザエモンだ。
「うむ」とモモタローが頷くと、今度はチョビが口を開く。
「そう言えば、あのときは大騒ぎでしたね。ボスのご子息が行方不明になってしもた、ついにこの町にも連続失踪事件の被害者が出た、言うて」
「そうだったな……」
その騒動を思い出すように、モモタローは苦笑いを浮かべてから、
「まあ、結局見つからなかったから、あいつは交通事故にでもあって死んじまったのだろうと、ワシは心の中では区切りをつけておったんだわい……」
「あの……」とチョビがノリタの耳元でささやく。
「言い忘れてましたけど、連続失踪事件というのはですね……」
そのことはついさっきダイキチの口から聞いて知っていたので、
「あ、それなら大丈夫」
「よかった。これは覚えてましたか」
「うん。ありがと」
「おい、そこ」
モモタローが不機嫌な顔で2匹を睨む。
「なにか話しがあるのか?」
「いいえ。キンタローさんはどこへ行ったんやろなーって話してただけです」
チョビの言い訳をすんなり信じたモモタローは、「そこなんだわい」と大真面目な表情を浮かべた。
「その行方が、わかったんだわい」
「え?どういうことですか?」
問いかけたトラザエモンをちらりと見てから、
「ある日、散歩をしておったら、あいつの声が聞こえてきたんだわい」
「じゃあ、キンタローさんは生きてるってことじゃないですか」
「そやそや」とチョビも喜びの声をあげてから、
「ちなみに、その声はどこから?」
「ある家からだ。何度も声を聞きながら調べたから間違いないわい」
「ほんで、そこにキンタローさんはいてはったんですか?」
モモタローは渋い顔で首を振った。
「それがな、その家はとてつもなく庭が広くて、そこに大きなイヌが放し飼いにしてあるのだ。若いころのワシならいざ知らず、こうも歳を食っちまうと、そんな危ない庭に単身忍び込むなんざ、無理な相談だわい」
「ということは、モモタローさんからダイキチさんへの頼みって……」
言いながらトラザエモンはノリタへと視線を移した。モモタローもノリタを見る。それらを見たチョビも真似るように目線をノリタへと向けた。
3匹に見つめられたノリタは、
「もしかして、ボクがその家に行って、キンタローさんを捜してくるってことになるのかな?」
「その通りだ」
モモタローはにやりと笑ってから、
「ネズミと仲良くできるんだ。イヌが相手でも、簡単なもんだろう」
正直なところ断りたい気持ちが少しはあった。人間の姿ならいざ知らず、ネコの姿の自分が、果たして見ず知らずのイヌと仲良くできるものだろうかと不安に思ったのだ。しかし、元ボスの頼みを無下に断ることはできなかった。それに、本当のダイキチならばきっと断るようなことはしないのではないかと考えたノリタは、
「もちろんです」
そう答えるしかなかった。
「今ふと思ったんやけど……」
そこでチョビが興奮した面持ちで手を挙げた。
「モモタローさんがその家にいてるということは、もしかしたらその家が連続失踪事件の犯人のアジト、って可能性もあるんちゃいますか?」
「言えてるな。ひょっとするとキンタローさんが見つかると同時に、連続失踪事件も一気に解決するかもしれませんね」
「ウヒョー。オレ、わくわくしてきたぞ」
騒ぎ立てるチョビを尻目に、ノリタはモモタローに問いかける。
「それで、問題のその家はどこにあるんですか?」
「この公園から、500メートルほど東に行ったあたりだ。ワシが案内するよ」
「わかりました。それなら、せっかくだから今から行きましょうか」
「おお、すまねえな」
元ボスがそう言うや否や、チョビが集まったネコたちに向けて声を張り上げる。
「えー、みなさん。わけあって、本日のネコ会議はこれにて終了です。解散!」
その場に集まっていたネコたちは顔を見合わせた。それぞれが納得いかない表情を浮かべていたものの、そこにボスと元ボスの意見が反映されていると知り、しぶしぶ滑り台の下から出て行った。
すべてのネコたちの姿が見えなくなってから、ノリタとモモタローも目的地に向けて歩き始めた。
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