7.キンタロー

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7.キンタロー

「なんかオレら、探偵みたいちゃいますか?」  チョビの言葉にノリタは「探偵?」と怪訝な表情を浮かべる。 「だってほら、これから行くのは、キンタローさんを見つけるネコ探しと、連続失踪事件の捜査ですやん。まさしく探偵って感じでしょ」  黒ぶちは得意げに鼻面を天に向けると、 「さしずめ、オレらはにゃんこ探偵団、ってとこですかね」 「なにがにゃんこ探偵団だ。バカ言ってんじゃねえよ」  苦虫を噛み潰したような顔で言ったトラザエモンに、チョビはムッとした表情を浮かべた。 「バカってなんやねん、トラザエモン」 「バカだろうが。遊びじゃないんだぞ」 「あたりまえやんか。オレは大真面目や」  そこでチョビは眉根を寄せてトラザエモンを睨む。 「って言うかな、今ごろ気ぃついたけど、なんでお前が一緒に来るねん」 「別にいいだろうが。モモタローさんの話を聞いて、オイラも行かないわけにはいかんだろう。乗りかかった船ってやつだ」  彼は「フンッ」と鼻息を荒げてチョビを睨み返す。 「そう言うお前だって、どうして来たんだよ」 「船の乗組員は多いほうがええやんか」 「ヘンッ。お前が乗ると、船も沈んじまわないか心配だ」 「心配なんは泳げやんからか?頭カッチカチのカナヅチやったりして?」 「なんだと?誰の頭がカチカチだ!」 「あんたのことやトラザエモン。ネコはネズミを追いかけるもん、やて。アメリカの懐かしアニメやあるまいし」  そのキャラクターさながらに、チョビは茶化すようにアカンベーをして見せた。  その姿に、「なにを!」と言って食ってかかろうとするトラザエモンを制するようにモモタローが口を開く。 「お前たち、だまりな」  穏やかな口調だけれど威圧感のある元ボスの言葉に、黒ぶちと茶トラはぴたりと口をつぐんだ。一言もしゃべっていなかったノリタまでもが、思わず背筋を伸ばすほどその声はすごみのあるものだった。  緊張する3匹をよそに、モモタローはゆったりと前方へ視線を振り向けた。その先に見えてきた建物を眺めつつ、「あの家だ」と言ってあごをしゃくる。  家といってもまず目に付くのは白くて高い塀だった。それが通りの次の角まで続いている。  塀に沿って歩くうちにシャッターが見えてきた。どうやらガレージのようで、車を数台停められそうなほどの幅がある。  その隣には大きな門があった。黒い鉄の飾りのついた木製のそれは、左右に分かれる形で開け放たれていた。門柱には大きな表札がかけられており、そこに太い筆文字で書かれた名前は綾小路と読めた。その下には番犬注意のステッカーが貼られている。  ノリタたちは門柱の脇から中を覗き込んだ。  目の前には広大な庭があった。一面に芝生が敷き詰められている。海に浮かぶ島々のように、そこには飛び石が点々と配置されていた。それをたどることで、門から屋敷へ行き着くように考えられているようだ。  その光景を目にしたチョビが、 「でっかい家やなぁ……」とつぶやいた。  確かに、と思いながらノリタも庭の向こうにそびえる2階建ての家を見つめた。まるで老舗旅館のような外観だ。開け放たれた大きな引き戸の玄関があり、その中には広い土間が見えた。 「ところでモモタローさん」   トラザエモンが口を開く。 「その、大きなイヌってやつは、どこにいるんですか?」  すると元ボスネコは、あそこだよと言って庭の片隅へと鼻先を向けた。  そこには小屋があった。一見すると倉庫かと思えるほど大きなそれが、どうやらイヌ小屋のようだった。 「家もでかけりゃイヌ小屋もでかいなぁ……」  つぶやくチョビをちらりと見てから、「さあ、頼むぜ」とモモタローはノリタの肩を叩いた。 「姿が見えないということは、きっとイヌはあの中だ。きっちり話をつけてきてくれ」  意を決するようにうなずいたノリタは、門の中へと一歩足を踏み入れた。二歩三歩と歩みを進めてからいったん足をとめ、小屋の様子を伺った。そこから誰かが飛び出してくるようなことはない。  緊張した面持ちでノリタは歩みを再開させた。慎重な足取りで庭の中ほどまできたところで再び立ち止まった。まだイヌは姿を見せない。それどころか中に誰かがいるような気配もない。  実はあの小屋は空で、その主はどこか別のところにいるのではないかと思い、辺りに視線を配ものの、目に映るのは広い庭と重厚な屋敷だけだ。  そこでノリタは門の外で待っている3匹に目を向けた。彼らは門柱の陰から顔だけをのぞかせ、心配そうにこちらを見ている。 「大きなイヌって、今日は散歩にでも出かけてるんじゃないの?」  彼がそうたずねると、他のみんなはいっせいにぶるぶると首を振った。 「そうかなぁ……」  つぶやきながら小屋のほうを振り返ろうとしたところで、門の外の3匹の仕草に気づいた。全員が一様に、上を見ろと言いたげなジェスチャーを見せている。  上?と不思議に思うノリタの脳天に、不意にぽたりと生あたたかいものが落ちてきた。  なんだ?と思いながら見上げると、真っ赤な何かがだらりと垂れ下がっていた。その向こうに白くとんがったものが並んでいる。目をこらしてよく見たところでようやくそれが大きな口だとわかった。白いのは牙で赤いのは舌だ。その先端からぽたりとしずくがしたたり落ちて彼の狭いおでこに当たった。 「おやおや、珍しいお客様だね」  そんな言葉を発した大きな口は、ノリタの上からゆっくりと移動を始めた。距離が離れるにつれ、その持ち主の姿が彼の目にも明らかになった。  それはイヌだった。赤い首輪をした、大きな白いイヌだ。ノリタをまたぐようにして立っていたそれは彼と距離をとると、鼻をひくひくと動かしながら闖入者を見つめた。  ネコの視点であるため、想像以上に大きく見えるイヌの姿に、彼はすぐにでも逃げ出したい思いだった。しかし門の外で見つめる3匹の視線を思い出し、歯を食いしばってこらえた。  緊張でぷるぷると体を振るわせる三毛ネコに、あやしむような眼差しを向けていたイヌが再び口を開いた。 「あんた、何者だい?」 「ボ、ボクはノリ……」と答えそうになったところであわてて言葉を飲み込んだ。ちらりと門の外を振り返る。失言に気づかれていないことに胸を撫で下ろして言い直す。 「ボクはダイキチと言います。この辺りのボスネコをやっています」 「へぇ。ボスネコの、ダイキチねぇ。アタイの名前はマリだ。この家の番犬さ」  そこで彼女は三毛ネコの頭の先から尻尾の先までしげしげと眺めながら、鼻をひくひくと動かした。 「しかし、あんた。ネコにしちゃ、変わった臭いだね」  想定外の言葉に「え?」と戸惑いの色を見せたノリタは、もしかして自分の中身が人間だと気づかれたのではないかとうろたえた。  そんな彼の様子に「フフン」と笑ってから、 「アタイの鼻を、なめるんじゃないよ」  そう言って彼女は自分の鼻先をぺろりとなめた。  君が鼻をなめたじゃん……とノリタは思うもののそれを口には出さない。余計なことを言って彼女の機嫌を損ねてはまずいと考えたのだ。それでも相手が自分の正体に気づいているのかいないのかは気にかかった。しかしそのことをこの場でたずねるわけにもいかず、どうしようかと迷っていると、マリのほうはあっさりと次の話題に移っていく。 「それで、ボスネコのあんたが、アタイの家に何の用だい?」  その言葉にピンと猫背を伸ばしたノリタは、真面目な顔を彼女に向けた。 「実は相談があって、やってきました」 「相談?」  彼女は「フーン」と値踏みするような眼差しをノリタに向けてから、 「普通はね、ネコの相談を聞く義理なんかまったくないんだよ。でも、あんたからは何か普通とは違った臭いがするからさ、特別に聞いてやるよ」  やっぱり気づかれているのかな……と心のうちで思いながらノリタは話を続ける。 「あそこにいる、キジトラのネコ、名前をモモタローと言うのですが……」  そこでノリタは門の外をちらりと見てから、 「あのネコの子供が行方不明なんです」 「まさか、アタイにその子供をさがせって?」 「違いますよ。その子供の声が、この家から聞こえてきたとモモタローさんが言うもので、少しこの家をさがさせてもらえないかと思いまして」 「この家から、ネコの声だって?」  マリはそう言ってから、「フフン」と笑って左右に首を振った。 「そりゃ、ありえないね。この家ではネコなんか飼っちゃいないんだから」 「でも、これだけ広いんですから、どこかに迷い込んでいることもあるんじゃないですか?」 「そうだとしたら、アタイが気づくはずさ」 「気づきますか?」 「当たり前だろう。アタイの鼻をなめるんじゃないよ」  そう言ってまた自分の鼻をぺろりとなめたマリは自身満々の口ぶりだ。 「つまり、アタイが知らないってことは、この家にネコはいないってことなんだよ」  しかしノリタはすんなりと引き下がることができなかった。たとえ目の前のマリがネコはいないと言っても、モモタローは声を聞いているのだ。きっとなにかがあるに違いない。だからと言ってこれからどうすればいいのか具体的なアイデアは何も浮かばない。  それならば、とノリタは別の角度から訊ねることにした。連続失踪事件のことだ。するとマリは目を丸めて答えた。 「は?ネコの世界ではそんな事件が起こってるのかい?アタイはずっとここで暮らしているから、ぜんぜん知らなかったよ」 「そうなんですか?」 「だって、ここにはネコの1匹たりとも来ないからね。そんな情報、知りようがないんだ」  嘘を言っているようには見えなかった。それなら本当にここにキンタローはいないということか。さて、モモタローになんと言おうか……。  そんなことを考えていると、トラザエモンの声が聞こえてきた。 「ちょっと、モモタローさん、待ってください、勝手に入っちゃだめですって」  振り返ると、門の中へと駆け込んでくるモモタローと、それを追いかけるトラザエモンの姿があった。門の外に残ったチョビは1匹で、こちらの様子を心配げにうかがっている。  ノリタとマリのそばまで勢い込んで駆けてきたトラザエモンは、耳をぴくぴく動かしながら言った。 「おい、耳を澄ませてみろ。キンタローの声が聞こえるだろう」 「キンタローってのは、誰だい?」  マリの問いかけに、 「モモタローさんの子供です」  そう答えてから彼も言われたとおりに耳を澄ませる。  どこからともなく何かの音が聞こえてきた。それには聞き覚えがあった。それどころかそれが何の音なのか、ノリタには確実に理解できた。さらに、その音がネコの鳴き声ではないことも……。  本当のことをモモタローに言おうかどうか迷っている間に、 「こっちだ!」  モモタローは庭の奥のほうへと歩き始めると、屋敷に沿って進んでいく。その後をノリタとマリとトラザエモンが追いかけた。  屋敷の角を曲がるとその先にはさらに庭が広がっていた。その庭に面して、屋敷には縁側が設けられていた。雨戸も障子も開け放たれているおかげで、中の様子がよく見えた。  幾つか並んだ和室の1つに、2人の人間がいた。彼らは着物を来て向かい合い、正座をしている。片方の人は何かをひざの上に乗せるようにして抱えていた。  その何かから、先ほどから聞こえてくる音が流れ出てくる。モモタローが言うところの、〝キンタローの声〟だ。  その光景を呆然と見つめながら、モモタローが誰にともなく問いかけた。 「ありゃ、なんだ?」  それに答えたのはマリだ。 「あれは、三味線さ。アタイのご主人様は、三味線のお師匠さんだよ」 「オシショーさん?」と問いかけたのはトラザエモンだ。 「先生ってことだよ」とノリタが教える。 「そんなことよりも、シャミセンってのは、なにもんだ?」  人間が抱えたものに目を奪われたまま、モモタローが言った。 「三味線は楽器だよ。人間が音楽を奏でる道具さ」  そう答えたボスに元ボスは驚いたような視線を向ける。 「ってことはなにか?人間はあんな小さなものの中にキンタローを押し込めて、歌わせることで楽器にしてるってことか?」  その目には、自分の子供はまだ生きているという確信がありありと見て取れた。  しかしそうではないということに、三味線の音色を聞いたときから気づいていたノリタは、元ボスに対してなんと言えばいいのか言葉が見つからなかった。  黙りこんだ三毛ネコをチラリと見てその心情を察したマリは、ため息を一つついてから、彼の代弁をするように口を開く。 「三味線の中にネコなんか押し込めやしないよ。三味線ってものは、ネコの皮を材料にして作る楽器なのさ」  そこで彼女は同情の眼差しをモモタローに向けた。 「そもそも、あんたがさっきから自分の子供の声だって言い張っているのは、ただの三味線の音色じゃないか」  元ボスは呆然と口を開いたままマリの顔を見上げた。彼は何かを言おうと口を動かすものの、そこから言葉が出てこない。 「ちょっと待ってくださいよ」  そう言ったのはトラザエモンだ。彼は縁側の奥のほうをちらちらと見ながら、 「三味線の材料がネコの皮で、それでもって、あの三味線からキンタローさんの声が聞こえてくるってことは、それじゃ、もしかして……」 「あの三味線には、あんたの子供の皮が使われている……ってことかもしれないね」  マリに言われるまでもなく、元ボスはすでに理解していたようだ。彼はぐったりとうな垂れ、猫背はそれ以上に丸まり、一瞬にしてさらに老け込んだように思えた。  見かねたノリタはたまらず目をそらせた。彼だけでなく、その場の誰もが口をつぐみ、虚空へと視線を向ける。元ボスの萎れた姿は見たくないとでも言うように。  静かに三味線の音が流れる中、やがてモモタローがポツリと言った。 「一度は死んだものとあきらめていたんだわい」  そのセリフで全員の目が彼に集まった。顔を上げた元ボスは穏やかな眼差しを縁側の奥へと向けている。 「こうして再び、あいつの声を聞けただけでも、ワシは幸せものだわい」  ノリタもトラザエモンも、そしてマリまでも、縁側の奥から流れてくる三味線の音色に耳を傾けた。  そのときだ。  彼らがうっとりと聞いていた音色を打ち消すように、 「助けてー!」  門の外から叫び声が聞こえてきた。それはチョビのものだった。  その場の全員がいっせいにそちらを振り向いた。先ほどまで門柱のかげからこちらを覗いていたチョビの姿が見えなくなっていた。 「どうした!」  真っ先に駆け出したのはトラザエモンだ。一目散に門の外へと飛び出していく。  それから少し遅れてノリタがモモタローとともに門の外に出ると、トラザエモンが呆然とした顔で振り返った。 「チョビは?」  たずねるノリタにトラザエモンはポツリと答える。 「さらわれちまった」
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