▄︻┻┳═一   二発目     ≫【寄り道】

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——東京、練馬  (あたた)かい日差しがカーテンをすり()け部屋に充満(じゅうまん)する。春の日差しというのは冬のこたつに引けを取らない気持ちのよさだった。今なら(ねこ)の気持ちがわかりそうだ。  布団(ふとん)(もぐ)り込み、体を(まる)めて暖かさに浸ろうとしたそのとき、アラームが鳴った。午前六時、ここで二度寝(にどね)すると取り返しがつかない気がする。少し憂鬱(ゆううつ)を感じながら急いで布団から出た。カーテンを開けると眩しくて反射的に目を瞑った。  おぼつかない足取りで洗面台へ向かう。手早く顔を洗い、寝起きの顔に一発気合(きあ)いを入れる。目も覚めたことだし、早速お弁当を作ろう。  食器棚(しょっきだな)からボウルを取り出して(たまご)()き、(あぶら)を引いたフライパンに少し()らす。()らず弱火(よわび)でやるのがコツだ。ここで残った卵に(きざ)んだネギを入れるのが俺のこだわり。  残りの溶き卵を入れて十分に火を通したら卵焼きのできあがりだ。  冷蔵庫(れいぞうこ)をあさり、昨日の残り物をちょいと()めたらお弁当の完成。  特に料理という料理はしていないが朝は時間がないしこれで十分(じゅうぶん)。ついでに(あま)ったものは皿によそい、ふたり分の食器をテーブルに並べれば朝ごはんも準備完了。  時計を確認しエプロンを外しながら二階へあがる。部屋に入るまえに一応ノックするがいつも反応はない。そのままドアを開け、枕元(まくらもと)へ行く。 「(うみ)、朝だぞ。ご飯作ったから先に顔洗ってきな」  妹の柊木(ひいらぎ)(うみ)、朝はこんな感じだがとてもしっかりした子だ。俺よりも成績(せいせき)はいいし文句(もんく)もあまりいわない。そのうえ普段(ふだん)家事(かじ)は妹がこなしている。そんな自慢(じまん)の妹を起こして朝のルーティンは終わり。  ふあーっとあくびをする海が椅子(いす)に座る。ツインテールが眠たそうにゆらゆらと揺れていた。そんな彼女に笑みがこぼれる。  両手をあわせて兄妹ふたりで朝ごはんを食べる。 「お兄ちゃん、なんでお弁当作ったの? 今日始業式でしょ」  はっとしてカレンダーを見た。そこにはペンでしっかり"始業式(しぎょうしき)"と書いてある。もちろん自分の字で。春の暖かさに気が緩んだのか、はたまた学校が楽しみだったのか(さだ)かじゃない。  しかし妹に()っ込まれるのも一種(いっしゅ)日常(にちじょう)に感じて、むしろ安心(あんしん)さすら感じる。(たよ)りがいのある兄貴(あにき)には永遠(えいえん)になれそうにないけど。 「お兄ちゃんそういうとこあるよね。うちまだ中学生だけど頼っていいからね」  妹は年齢(ねんれい)を疑うほどしっかりしている。だからこそ無理をしてほしくないと思うのは兄の心境(しんきょう)。うちがこんなんじゃなければもっと友達と遊んだりしたのかな、好きな物買ってお洒落(しゃれ)したのかな、(なら)(ごと)とかやってたのかなと考えてはいけないことを考えてしまう。  父さんは俺が中学のときに交通事故(こうつうじこ)()くなった。あまりに突然(とつぜん)すぎてまだ小学生の海も現実(げんじつ)を受け入れられなかった。そのショックから自分の部屋にしばらく引きこもっていた。それから母さんは女手ひとつで俺らを育ててくれたが、元々病弱(びょうじゃく)だったうえに精神(せいしん)(てき)ダメージが大きく去年入院(にゅういん)した。  親戚(しんせき)のところへ行くこともできたが、母さんのお見舞(みま)いを続けたかった。そしてなによりここにはたくさんの思い出がある。出ていきたくないと子どもなりな気持ちを突き通した。  今は無理(むり)いって親戚の経済(けいざい)(てき)支援(しえん)()けているが、いつまで続くかわからない。俺もバイトをかけ持ちして少しでも海に好きなことをさせれるように頑張っている。それでもふたりで()らすには、この家はあまりに大きすぎて心にくるものがある。  喪失感(そうしつかん)(さいな)まれる日々(ひび)にも関わらず、海は俺の作ったご飯を美味しそうに食べる。そんな妹を見るのが俺の数少ない(すく)いだ。
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