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——東京、練馬
暖かい日差しがカーテンをすり抜け部屋に充満する。春の日差しというのは冬のこたつに引けを取らない気持ちのよさだった。今なら猫の気持ちがわかりそうだ。
布団に潜り込み、体を丸めて暖かさに浸ろうとしたそのとき、アラームが鳴った。午前六時、ここで二度寝すると取り返しがつかない気がする。少し憂鬱を感じながら急いで布団から出た。カーテンを開けると眩しくて反射的に目を瞑った。
おぼつかない足取りで洗面台へ向かう。手早く顔を洗い、寝起きの顔に一発気合いを入れる。目も覚めたことだし、早速お弁当を作ろう。
食器棚からボウルを取り出して卵を溶き、油を引いたフライパンに少し垂らす。焦らず弱火でやるのがコツだ。ここで残った卵に刻んだネギを入れるのが俺のこだわり。
残りの溶き卵を入れて十分に火を通したら卵焼きのできあがりだ。
冷蔵庫をあさり、昨日の残り物をちょいと詰めたらお弁当の完成。
特に料理という料理はしていないが朝は時間がないしこれで十分。ついでに余ったものは皿によそい、ふたり分の食器をテーブルに並べれば朝ごはんも準備完了。
時計を確認しエプロンを外しながら二階へあがる。部屋に入るまえに一応ノックするがいつも反応はない。そのままドアを開け、枕元へ行く。
「海、朝だぞ。ご飯作ったから先に顔洗ってきな」
妹の柊木海、朝はこんな感じだがとてもしっかりした子だ。俺よりも成績はいいし文句もあまりいわない。そのうえ普段の家事は妹がこなしている。そんな自慢の妹を起こして朝のルーティンは終わり。
ふあーっとあくびをする海が椅子に座る。ツインテールが眠たそうにゆらゆらと揺れていた。そんな彼女に笑みがこぼれる。
両手をあわせて兄妹ふたりで朝ごはんを食べる。
「お兄ちゃん、なんでお弁当作ったの? 今日始業式でしょ」
はっとしてカレンダーを見た。そこにはペンでしっかり"始業式"と書いてある。もちろん自分の字で。春の暖かさに気が緩んだのか、はたまた学校が楽しみだったのか定かじゃない。
しかし妹に突っ込まれるのも一種の日常に感じて、むしろ安心さすら感じる。頼りがいのある兄貴には永遠になれそうにないけど。
「お兄ちゃんそういうとこあるよね。うちまだ中学生だけど頼っていいからね」
妹は年齢を疑うほどしっかりしている。だからこそ無理をしてほしくないと思うのは兄の心境。うちがこんなんじゃなければもっと友達と遊んだりしたのかな、好きな物買ってお洒落したのかな、習い事とかやってたのかなと考えてはいけないことを考えてしまう。
父さんは俺が中学のときに交通事故で亡くなった。あまりに突然すぎてまだ小学生の海も現実を受け入れられなかった。そのショックから自分の部屋にしばらく引きこもっていた。それから母さんは女手ひとつで俺らを育ててくれたが、元々病弱だったうえに精神的ダメージが大きく去年入院した。
親戚のところへ行くこともできたが、母さんのお見舞いを続けたかった。そしてなによりここにはたくさんの思い出がある。出ていきたくないと子どもなりな気持ちを突き通した。
今は無理いって親戚の経済的な支援を受けているが、いつまで続くかわからない。俺もバイトをかけ持ちして少しでも海に好きなことをさせれるように頑張っている。それでもふたりで暮らすには、この家はあまりに大きすぎて心にくるものがある。
喪失感に苛まれる日々にも関わらず、海は俺の作ったご飯を美味しそうに食べる。そんな妹を見るのが俺の数少ない救いだ。
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