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◯
「初日から遅刻なんていい度胸だな」
玄関前で体育教師に捕まり生徒指導室に連れていかれた。今は全校集会中らしく、時間も時間なんで教室に行くようにいわれた。
「先生、俺って何組ですか? 確認するまえにここにきちゃって」
「ったくお前ってやつは。ちょっと待ってろ確か集会のまえに……」
先生がそのまま連れていったんだろとはいえず、パイプ椅子にちょこんと座る。先生はバインダーの紙を確認して教えてくれた。
“二年七組”、それが俺のクラスだ。
教室に着くともちろんだれもいなく、俺は黒板に貼ってあった座席表を確認する。思いのほか知り合いがいて、なんだか騒がしくなりそうな予感がする。するとふとひとりの名前が目に入った。
「里中……アマリリス……」
突然教室のドアが開いて、クラスメイトが戻ってきた。
「お、空きたのかよ。これで皆勤賞なくなったな」
「今日は授業日数に含まれませんので安心してくださいね柊木君」
友達と担任の先生がにこやかに話しかけてくる。別に皆勤賞を狙っているわけではないが、そういわれると少し恥ずかしくなった。カバンを抱えて自分の席を探す。
席に座ると配布物が次々に送られてきた。学級通信や保護者あてのプリント。それほど重要な物でもなさそう。さらっと読んでから机に置く。
教室を見渡すと知らない人たち、目の前には新しい担任、手にはプリント。それらすべてが改めて新学期だと感じさせた。
初日なだけあって今日の学校は午前中に終了した。学校にくるまえからすでにいろいろあったなとため息をつき、カバンに顔を埋める。ちょうどいい気温に窓の隙間から入ってくるそよ風がとても心地よい。
クラスメイトはあらかた帰ったらしく教室は静かだった。このまま寝ようかな……でもだれか俺を呼んでいる気がする。「そーらー、ねえ空ってば」と聞こえるが、空耳かなと無視する。きっと疲れたせいで夢でも見ているのだろう。まただれか俺を呼んでる気がするが気にせず目を閉じる。
クラス替えがどうなるかと思ったが、先生も優しそうだし別にボッチじゃないから問題なさそう。そういえばこのクラスに……。
「空! 何回も呼びかけたのに反応しないなんて! それに初日からなんで遅刻してんのよ。あんたらしくない」
いきなり机を叩き現れた彼女は呆れ顔だった。わっと情けなく驚いて飛び起きると、足が椅子に引っかかりそのまま倒れた。
「もうなにやってるの。あんたってやっぱドジよね」
彼女は島塚すみれ、うちの近所に住んでいて幼稚園からの付き合いになる。つまり幼馴染みだ。争いごとが苦手で人に流されやすい俺とは違い、強気な性格。
頭に手をついてやれやれといいたげな彼女を見るのはこれで何回目だろうか。俺は苦笑いをして立ちあがった。
元気いっぱいなすみれがしつこく聞いてくるので、今日あったことを軽く説明した。桜のこと以外は。
「あんたって相変わらずお人好しなんだから。てか、同じクラスになったのって久々じゃない? 小学校以来だっけ」
幼馴染みとはいえ、すみれは部活があるし俺はバイトがある。学校で会うことはあまりない。改めて制服を着ているすみれを見るとなんというか大人っぽい……いろいろと。バスケしているだけあってスタイルはいいし、顔もそこそこ……。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。顔になにかついてるの」
スマホを取り出して顔を確認する姿が滑稽で思わず笑ってしまう。
「いやなんでもない。一緒に帰ろうかすみれ」
すみれは大きく頷くと嬉しそうに自分のカバンを取りに行く。相変わらずいつも元気でこっちも嬉しくなる。
◯
「ちょっとまた信号じゃん」
「まあまあゆっくり行こうよ」
信号に捕まったすみれは威嚇するように歯軋りをしている。昼でも交通量が多い、それが新宿だ。特に俺らが通っている八重桜高校は新宿駅の近くということもあり、人通りも多い。
「ねえママ、あの人ゴリラみたい」
「こらっ見ちゃだめ!」
信号が青になりすみれは勢いよく漕ぎだした。置いていかれた俺はすでに息があがっている。
角を曲がり、川を沿い、橋を渡る。周りは桜並木、目の前では幼馴染みが元気に自転車を漕いでいる。季節の移り変わりほど心躍るものはない、そう思った。桜はやっぱ綺麗だな……ってそういえば……。
そこは大東橋。横目に例の彼女がいた辺りを見るがもちろんだれもいない。やっぱ違うな、季節に勝るものがある。俺はあの“景色“が忘れられない。そうぼんやりと考えていると、すみれが速度を落とし寄ってきた。
「どうしたのよ、難しい顔して」
「いや、景色が綺麗だなって思って」
ふーんと聞き流したすみれはなにげない会話を始める。そうだねとあいづちを打ちつつ後ろを振り返った。もちろんそこにはなにもない。
またしばらくして信号待ちをしていると、すみれは難しい顔をした。
「今度はどうしたの」
「お……お腹が空いたぁ」
そういえばお昼はまだだった。運動しているからかもしれないが、昔からよく食べる子である。すみれが「なに食べる?」と聞いてきたとき思い出した。今日は間違ってお弁当を作ったんだった。
すみれには申し訳ないが、食べないのももったいない。
「ごめん、今日お弁当作っちゃったからいらないや」
「あ! じゃあいつものとこ行こう。きっとお花見できるよ! そうと決まれば神社まで競走!」
「え? ちょっと待ってすみれ、危ないってばー!」
弱々しくいったころには、すみれはもう見えなくなっていた。
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