▄︻┻┳═一   二発目     ≫【寄り道】

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「空おそーい! あたしコンビニ行く余裕(よゆう)すらあったのに」 「さすがすみれだね。俺もう喉カラカラ……」  くたくたになりながらもひとまず自転車を停め、すみれとともに公園内に入っていく。あたり一面桜で満たされている。普段はただの公園だが、この時期は遠くから人がくるほどの賑わいを見せる。 「あ、もう屋台(やたい)準備してるんだね。早いなぁもう一年()ったのか」  特に(まつ)りというわけではないが、二週間ほどここではたこ焼きや焼き鳥などの屋台が出る。家が近所ということもあり妹を連れて毎年(おとず)れていた。そしてさらに(おく)に行くと階段がある。 「空、昔ここでよく遊んでたよね。あのジャンケンするやつ。久々にやろうよ」 「いいね。手加減しないよ」  すみれは子供に戻ったように無邪気(むじゃき)な笑顔を見せる。ローカルルール、いやふたり独自(どくじ)のルールで始まった遊びは俺も楽しくてしょうがない。「ジャンケンポン!」「アイコで……」と童心(どうしん)に帰って遊び続けた。 「やった! 今回もあたしの勝ちね。なにか(おご)ってよ空」 「四段(よんだん)()ばしはずるいよ……ルール違反(いはん)じゃないけど」  お互いかばんを持ちながらはしゃいだせいか、息があがってる。俺らもう歳だねというと、なにいってんのよと息をせはせはさせていい返された。  勝負の結果がこうなるのはなんとなく予想(よそう)がついていた。やっぱりさっき買っておいてよかった。カバンの中から飲み物を取り出して、それをすみれに投げ渡す。 「わあびっくりした! ってこれあたしが好きなやつ」 「負けたからね」      やっと上まできたが疲れ過ぎて膝に手をつく。すみれは満足したのか、手を後ろで組んで嬉しそうに歩き出した。      ここは高稲荷(たかいなり)神社。境内は小さな社殿(しゃでん)くらいしかない。昔二度建て替えられたらしく、その建て替えを記念(きねん)する石碑(せきひ)(なら)んでいる。  ここは保食命(うけもちのみこと)(まつ)ってて、食物の神様だと近所のおばさんが教えてくれた。初めてきたとき、ここの狛狐(こまぎつね)が怖くて泣いていたなぁ。今となってはいい思い出だけど。  幼いころからふたりで遊び場にしていて、近所の人には(かみ)()とかいて神子(みこ)とよばれていた。 「あーお腹すいた。早く食べようよ」  そういうとすみれは社殿の階段に腰かけた。人もこないし雨宿(あまやど)りもできる。猛暑(もうしょ)の日には日陰(ひかげ)ができ(すず)むことができる。ときが経つのを忘れるそこは俺らにとって竜宮城(りゅうぐうじょう)に等しい。ノスタルジックな時間の流れに心を奪われる。しみじみと浸ってるってことは、すみれよりこの場所が好きなのかもしれない。  そんなことはつゆ知らず、すみれはコンビニ弁当のフタを開けた。俺もカバンから弁当を取り出して少し遅めの昼食を取る。 「空の弁当っていつ見ても美味しそうよね。じゃあこれいっただき!」  俺の弁当から卵焼きがひと切れ消えた。俺のこだわりネギ卵焼きが……。まあこうなるのは知っていたし、すみれが唐揚(からあ)げを一個くれた。そしてなにより美味しそうに頬張(ほおば)る姿が一番嬉しい。 「そうだ、今度海も連れてお花見しようよ。お弁当たくさん作ってくるよ」 「それ最高(さいこう)! じゃああたしは飲み物とか敷物(しきもの)準備するね」  毎年人が多く、神社のほうにも観光にくるため、いつも食べ歩きするだけだった。海が来年(らいねん)どこの高校に行くかわからないし、単に桜をもっと楽しみたいという理由もある。  お弁当も食べ終わり、すみれはおもむろにお菓子(かし)を食べ始める。これもいつもの光景だ。すみれは太りにくく痩せにくい体質なだといっていたが、クラスの女子が聞いたら(しゃく)(さわ)るだけだろう。 「ちょっとまた見てるし。しょうがないなぁ。ほら口開けて」 「いや別にそんなんじゃないよ……」 「そっか、あーんされるの恥ずかしいんだ。空も思春期入っちゃった感じ?」  意識していたわけじゃないがそういわれると恥ずかしくなる。そんな俺を見てすみれが笑う。釣られてこっちまで頬が(ゆる)むじゃないか。  すると隙ありといわんばかりにすみれが口にお菓子を入れてきた。鼻歌(はなうた)まで歌っちゃって、よほどご機嫌(きげん)なんだな。そして歌い終わったかと思うと、なにやら神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで下を向いている。 「ねぇ空、あ、あのさ……新学期になってクラス替えもしたじゃん。可愛い子とかいた?」 「可愛い子か、今日はそんなの見る余裕なかったな」  すみれにしては意外な言葉で、今まで告白してきた男を一刀両断(いっとうりょうだん)するほどだったのに。俺はてっきり恋愛(れんあい)に興味がないのかと思っていたが、もしかして……。 「すみれ、もしかして好きな人できたの?」 「え! いや……その……あたしね空のことが……」  その瞬間(しゅんかん)突如(とつじょ)強い風が吹いた。桜の花びらも風の波に乗り桜吹雪(さくらふぶき)になる。とても美しい光景だ。すみれの声がかき消され、俺はまた不意に例の彼女のことが脳裏(のうり)に浮かぶ。 「あ、ごめん風で全然聞こえなかった。なんていったの?」 「なんでもない!」  すみれの顔は桜のように色づいていた。周りの桜のせいかもしれない。春という季節は毎年やってくる。人の春というのも必ずやってくる。それが遺伝子(いでんし)レベルで受け()がれた人類(じんるい)の生きる(すべ)だと俺は思う。すみれに好きな人がいるなら応援(おうえん)してあげよう。幼馴染みだから。  太陽もだいぶ(かたむ)き、俺たちは家路(いえじ)に着こうとしていた。 「空、今日このあと行くの? あたしも顔出して大丈夫?」 「大丈夫だよ。きっと喜ぶと思うよ」  俺は定期的(ていきてき)にあるとこに行っている。今日は新学期も始まったしその報告(ほうこく)に行こう。  空が朱色(しゅいろ)()まって影が長くなる。自転車を漕ぎながら横目で自分の影を見ると、自転車の後ろに乗っていたころを思い出す。大好きな母さんの背中は暖かく安堵(あんど)を覚える。  朝や昼に比べてゆっくり自転車を漕げる。そこで改めて街全体が夕暮(ゆうぐ)れに染まっているのに気がついた。俺はいつからこういうものに目を向けるようになったのだろう。大人になっても忘れたくない、そう思った。  自分の感情に浸っているとあっという間に目的地(もくてきち)についた。  “東京筑波嶺(つくばね)病院”  精神科(せいしんか)内科(ないか)などの医療(いりょう)を中心に治療(ちりょう)研究(けんきゅう)している場所だ。そう、俺の母さんは統合性失調症(とうごうせいしっちょうしょう)だ。簡単にいってしまうと(うつ)のようなものと主治医(しゅじい)の人にいわれた。  父さんが亡くなって体にムチ打ってまで俺らのために働いたんだ。夜ひとりになるとひっそり泣いていたのを俺は知っている。  当時どう声をかければいいかわからなかった。俺もバイトや家のことをやるだけやったが、結局母さんにはなにもしてあげれず入院する羽目(はめ)になった。無力な自分がとても悔しい。 「そんな難しい顔しないで。だれが悪いとかないんだからさ」  頭では理解しているが心がついていかない。しかし情けない顔を見せるわけにもいかない。大きく深呼吸(しんこきゅう)して病室のドアを開ける。 「あら、空きてくれたのね」 「もちろん、それに今日は俺だけじゃ……」 「おばさんお久しぶりです!」  すみれが元気なのはいいがここは病院。看護師(かんごし)さんに咳払(せきばら)いされ、逃げるように部屋に入る。母さんは今日も元気そうだ。すみれと久々の再会(さいかい)というのもあり、出会って早々賑やかな雰囲気に笑みをこぼす。  しかし食事は十分に食べていないのだろうか。服の上からでもその様子に察しがつくほど()せていた。このままだとあの背中が虚像(きょぞう)になってしまう。 「今日ね、私の好きなきんぴらごぼうが出たのよ」 「そうなんですか! おばさん本当にきんぴらごぼう好きですよね」  言葉を選んでくれてるすみれと母さんは会話が弾み、俺の入る余地はない。昔から家族同士の付き合いだったため、お(たが)い気がおけない。柊木家にとって一番の理解者でもある。  こうしてみるとすみれは実の兄弟のようにも思えてくる。あんなゴリラ顔するやつでも気遣(きづか)いはまさに姉のそれだ。  というかいつまできんぴらごぼうの話をするつもりなんだろう。今日はそれで終わりそうな勢いなんだけど。 「そういえば、今日始業式よね。クラスはどうだったの?」 「あ、そうそう。俺は七組ですみれも同じクラスだよ」  母さんはそれなら安心という(ふう)に手をあわせた。それから今日の出来事(できごと)を話した。遅刻したこと、高稲荷神社に行ったこと、今度海も連れて花見をすること。あの“景色”については内緒(ないしょ)にしておいた。  気がつくと時間が過ぎていて、太陽は身を隠し空にはポツポツと星が顔を見せる。そろそろ帰らないといけないので、母さんにまたくるねと伝え病室をあとにする。 「おばさん元気そうだったね。退院はいつとか聞いてる?」 「まだ詳しいことは聞かされてないけど、もうそろなんじゃないかなって俺は思ってる」  母さんのお見舞いに行くと毎回安心する。それが母親というものなのだろう。  家に帰ったら海に母さんの様子を伝えてやろう。また家族一緒に過ごせるように、今は長男の俺が頑張らないといけない。俺は(こぶし)を強く握った。  おそらく家では海がご飯の準備をしているだろう。あまり待たせると怒られるし、すみれを送り届けたら急いで帰ろう。二軒(にけん)隣の柊木家に。 「空、置いてっちゃうぞー」 「今行くよ」  空に浮かぶ北極星(ほっきょくせい)を目印に家路につく。
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