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 老桜(おいざくら) 人のとよみに 咲き(あぐ)める  春というのは気分も高まる季節だが、この街はどうも違うらしい。人々は足早にどこかへ向かうが、露頭(ろとう)に迷ったあげくに(こうべ)を垂れて帰路につく。地面にはなにもありゃあしない。  それはまるで咲くに咲けない老いた桜のようで、見窄(みす)らしく哀れな姿。花が咲かぬなら首が切られる、そんな世の中になったのは最近のことだろうか。 “東京(とうきょう)”  世の中には決して交わってはいけない者同士であふれている。空と海、生と死、そして表と裏。近づけば向こうも近づき、離れれば向こうも離れる。それに気づかず踏み込んでしまえば均衡(きんこう)が崩れる。  この街は都会とよばれ世界的にも(さかえ)えているが、それのほとんどが社畜(しゃちく)だ。社会に出れば上司に怒られるし、後輩からは()められる。責任転換という(さじ)を投げては人を頼り、また逃げる。およそ大人のやることではないが、世代が違うだけで叱咤(しった)されるこのシステムはいつになっても変わらない。  満足してない現状にいらだちを感じているだけで、別にだれが悪いというわけではない。そんなことはよくわかっている。しかし頭が感情に追いつかず、結局これじゃあ責任転換と変わらない。  気分転換に散歩をするにも、人で賑わうこの街はうるさ過ぎる。だから“僕”は今日もイヤホンをつけて、名前も歌詞の意味も知らない洋楽に耳をあずける。  変化を嫌うこの街では感情を持つ人間よりも、ロボットや機械のほうがお似合いかもしれない。だからこそ学生時代の思い出が美化されて記憶に残る。  そうそれはちょうど老桜が咲き倦ねたあのころ——
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