episode.2 傷ついた訪問者

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 驚いて、おもわず傘を落とした。  柱にもたれかかり立つその人物は、額と半袖のTシャツからむき出しの腕に、べっとりと血をつけていた。背の高い、痩せた男だった。水を弾いた頬の肌には張りがあり、顔色はすぐれなかったが濁りはない。  若い。未成年かもしれない。声を上げそうになるのを口元に手を当て、なんとか抑える。  誰かは友美に気づき、顔を上げた。  青ざめた皮膚に、鮮血が痛々しく際立つ。うつろな目で友美を見て、ゆっくりとまばたきをした。何かを言おうとしたのか口を開きかけ、そしてそのまま友美のからだに倒れ掛かった。  濡れた身体は身震いするほど冷たかった。しかし、友美にかかる吐息はひどく熱い。血と泥の匂いがした。救急車を呼ぶべきだろうか。それとも警察へ連絡した方が、と考えたが、結局友美はどちらもしなかった。  友美は全身でその身体を支えショルダーバッグの中のカギを手探りで取り出し、ドアを開けた。  友美とひと塊になった何者かはなだれこむように中へ入る。そして、その場に崩れ落ちた。  アパートの狭い玄関にうずくまった身体は痩せているせいか驚くほど小さい。吐息が妙に熱っぽく、目の前のその顔はひどく青ざめていた。目を閉じ、荒い呼吸を繰り返している。濡れた髪は小さな頭に貼り付き、黒い綿のシャツも着古したブルージーンズもやはり濡れてその細いからだにまとわりついている。  身体をそっと離し、友美は靴を脱ぎ奥の部屋からタオルを持ってきてその髪を拭いた。額の血がタオルに付く。その血もそっと拭き取る。擦り傷があった。腕も確認する。額と同じように擦り傷があり、血がにじんでいる。 「……あの」  男が顔を上げ、友美を見た。怯えるような、すがるような、弱弱しい目だった。 「大丈夫」  友美は言った。  その声を聞くと、目を閉じそのままそこへ脱力した。
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