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北風と太陽
「ここは探偵社ですか」
黒のジャージを着た、金髪の女の子が事務所をグルリと見回した。
お世辞にも綺麗とは言えない接客用のテーブルと、粗大ゴミ置き場で拾ってきたこれまた、かろうじて大きく破れているところのない、色褪せたソファーが二つ。
「ええ、私がいわゆるピンカートン探偵社のミスターピンカートンに当たるところの後藤です」 名刺を出すふりをして、ジャケットの内側に手を入れるが、もちろん名刺なんぞ持ってるわけもない。
「今、ちょうど名刺を切らしてまして…」苦笑いを浮かべて、取り繕う。
「こちらの女性は?」女子が俺の隣に座っている女を見た。
「ああ、私ね、私のこと、なんだと思う?」女はどこかの女性雑誌のモデルみたいに頬に片手を当て、質問をした。
「探偵助手さん…とかですか…」質問をされたことに、やや機嫌を損ねたようでギャルメイクをした女の子の顔が険しくなった。
「私はこの探偵社のオーナー兼マスコットキャラクターの『らっきょん』です。よろしくね!」そう言って、らっきょんは立ち上がって、ソファーの周りをクルクルと回りながら、踊り始めた。
「らっきょんさん…ですか?」
「『らっきょん』って呼び捨てでいいよ♫」妙な節回しをつけて、ミュージカルみたいな返事をした。
「あの…大丈夫ですか?」金髪女子は思い切り不安、そして不満そうだ。
「うん、彼女はまあ…その…あれだけど、俺は大丈夫だ。有名私立大学をそれなりに卒業して、そこそこ有名な地方の大きい会社に一年半勤めて、独立したから」うん、俺が勤めていたのはアンコと餅の組み合わせで有名な、老舗の菓子屋だ。もちろん営業職だ。
「はあ、まあ、そうなんですか…」明らかに女子は不信感をあらわにしている。ここは一つ畳み掛けなばならない。
「もちろん、信用していただいて大丈夫です。料金は完全後払い制になってますから。こちらの結果がお気に召さない場合は、料金は受け取りません」
と『らっきょん』が言えというので、言っては見たものの、本当にそのやり方で大丈夫なのか、心配なのは俺自身の方だ。
「で、いったいご相談の内容は?」俺はとにかく何回も鏡の前で練習した「工藤ちゃん」のような人懐こい笑顔を繰り出した。
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