story3 前髪

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*  今、コンビニのカフェスペースで、自分サイドにいる人の前髪は、確かにあのときの人のようだ。チラチラと盗み見ていた前髪から、またポトンと雫が落ちた。  あの公園での雨宿りのときは、マスクなんてしていなかった。でも今は鼻から下がわからない。  遥はバッグから、ハンカチを出した。  あの公園の雨宿りの日から数日後、遥はひとつのことに気づいていた。あの男性は、暗い公園の中をとぼとぼ歩く間、自分を見守ってくれていたのではないかと。  マスクの下から咥えたストローで、ズッと音を立てて何かを飲んだくるんに、勇気を振り絞って遥はハンカチを差し出した。 「使いますか?」  驚いたようにこちらを見たくるんの瞳が、ちょっと優しくなったような気がした。 「やっぱり……」  そう言ったくるんの目が、三日月型になったことが遥は嬉しかった。 「あのときはありがとうございました」  マスク越しにそう言った遥は、立ち上がって頭を下げると、自分の紙コップを持った。ダストボックスに向かおうとしたとき、 「マスクでわからなかったけど、その眉の上のパッツンの前髪が似てるなって」  背中から聞こえた彼の声を聞いて、遥はあの最悪な日に唯一かけてもらえた優しさを思い出していた。 「前髪……」  遥はそう言って自分の前髪に触れた。  雨はすっかり上がっている。  ビニール傘を買わなくてよかったと、心のなかで呟いた遥の目に、硝子越しに大きな虹が飛び込んでくる。黙ってそちらを指さすと、くるんも振り返って硝子越しの虹を見る。 「外に出て見たいですね」  くるんの言葉が、また自分と同じ考えで、パッツンは嬉しくなってしまった。 【『前髪』 fin 】
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